夏休みが終わって、後期日程が始まる。それと同時に、天照が所属するラグビー同好会は試合のシーズンを迎える。冬に開催される関西地区大学ラグビー協会主催のリーグ戦や、それに向けて練習試合がいくつか組まれている。

ラグビーは1チーム15人。各々のポジションで細かく役割が決まっている。防具を着けない生身の体で接触する激しいスポーツなので、控えの選手まで含めて最低でも25人は欲しい。
だが修学院大学ラグビー同好会は、正式メンバーが20人そこそこ。試合の時は他の部から助っ人を呼んで人数あわせをしているような始末だ。
当然、試合は負けてばかりで、チームの目標は”年に1勝”。その低い目標すら達成できない。

「せやさかい、人が足りひんね、人が」
お昼時、学食の机に広げた大きな紙を見て、真弓はため息をつく。紙にはラグビーのポジションとそこを担当する選手の名前が書いてある。
「フォワードはな、まだええねん。重量級の先輩がいてるし、当たり負けするコトもないやろ」
15人はフォワードの8人とバックスの7人に分けられる。フォワードの8人は相手チームとスクラムを組んでボールの取り合いをするので、チームの中でも体重が重くガッチリとした体型の選手が向いている。

「せやな」
自分は丼飯をかきこみながら、天照は相づちをうつ。
「問題はバックスや」
対してバックスの7人は、パスを受けてトライする点取り屋だ。体の俊敏性と何より足の速さが求められる。
「スクラムハーフは真弓がおるやないか」
スクラムハーフ(SH)は、フォワードとバックスの繋ぎ役となるポジションで、俊敏性と正確な判断力とが要求される。小柄だがスタミナも俊敏性もある真弓には、うってつけのポジションだ。

「茶化しいな」
机の向かい側から、紙に書いてあるスクラムハーフの文字をハシで差す天照に、真弓は真面目な顔で続ける。
「国立が入ってスピードが増して、突破力はついたんや。けど、おまえのスピードについていける選手がおらん」
子どもの頃から、かけっこでいつも1番だった天照は、足の速さには自信がある。ボールを持っていようが、タックルを仕掛けられようが、自慢の足でヒラヒラよけて走る。トップスピードにのった天照には誰もついてこれない。

「せやな。なんぼ俺の足が速くても、何度もタックルされたら止められてまうしな」
しかし、タックルしてくる相手が1人2人くらいなら天照は止められないが、それ以上になるとさすがに無理だ。天照は緑茶を飲みながら同意する。
「そう。国立が止まっても、次にパスが繋がればええねん」
真弓はウィング(WTB)と呼ばれるポジションを指先で突つく。ここはチーム最速で、なおかつ瞬発力とスタミナを要求されるポジションだ。ウィングには右と左があり、どちらも数多くのトライを求められる。
もちろん、ウィングの一人は天照だ。

「もう一人、国立のスピードに負けんタフな選手がおったら、おもろいんやけど」
自分も丼飯をかきこみながら、真弓は思案顔だ。
「国立。そんなヤツ、心当たりないか?」
半ば諦め口調で訊く真弓に、
「そら、ないコトもないで」
軽く天照は同意する。

「ウソ!? ホンマ!? おまえと同じくらい足が速くてタフなヤツやで? 誰?」
「天さん」
勢い込んで訊きかえす真弓の背後から、天照を呼ぶ穏かなバリトンの声がする。
「かんにん。遅なったか?」
友竹だ。午前中の講義は選択科目で二人一緒ではなかったので、こうして昼食は学食で落ち合う約束をしていた。

「いや。時間ピッタリや」
天照はわざわざ腕時計を覗きこんで、笑顔を見せる。友竹に誕生日プレゼントとして贈られた時計だ。両親に姉、祖母のヒデ、飼い猫のミケにまで自慢しまくっている。もちろん真弓にもだ。
「座って」
机の紙を端にどけて、友竹の場所をつくる。友竹は天照の隣に座ると、トレイを置く。

「ちょ、国立」
突然の友竹の出現で、話が途中になってしまった。真弓は焦れて再度訊く。
「心当たりて、誰?」
「ああ。こいつ」
天照は普通の調子で、隣に座る友竹をハシで差す。

「天さん。ハシで差すやなんて、お行儀悪いで」
「かんにん。けど、ばあちゃんみたいな言い方やな」
「おばあちゃんと一緒かいな」
和やかに会話する二人に、真弓は、
「ちょお待て」
ストップをかける。

「国立。ホンマに春日はおまえと同じくらい足が速いんか?」
「ああ。俺と同じか、俺より速いんと違うか」
「なんの話?」
途中から来た友竹には、話の筋が見えない。真弓は机に広げたポジションの表を指差しながら、ラグビー同好会にはウィングが、それも天照のスピードについてこれるくらい足の速いウィングが必要だと力説する。

「ふうん」
だが当の友竹は、いつもの冷静な顔のまま上品にハシを動かす。
「せやさかい春日も、ラグビー同好会に入らへんか? いや、入ってください」
「せやなあ」
熱心に自分を誘う真弓に、友竹はあいまいな返事しかしない。

「国立からも、なんぞ言うてや」
助け舟を求める。
「友竹。午後、時間あるやろ?」
「あるけど」
「こんだけ真弓が熱心に言うてくれてんね。今日は練習日やし、見学だけでもしてみいひん?」
笑顔で誘う。

「わかった」
天照にこんな風に言われて、無下に断れる友竹ではない。
「ほな3時にBグラウンドで」
「春日。待ってるさかいな」
先に食べ終わった天照と真弓は、自分のトレイを持って立ち上る。

使った食器を戻しながら、真弓は小声で訊く。
「春日、あんまり乗り気やなかったけど、入ってくれるやろか?」
「せやな」
真弓の不安げな顔とは対照的に、天照は落ち着いている。
「なんやかんや言うたかて、あいつ、入るような気イがする」
「ホンマか?」
真弓は半信半疑だが、友竹の性格を知る天照は入る気がしてならない。

果たして、午後からの練習を見学した友竹は、その日のうちにラグビー同好会に入る事を承諾する。天照の思惑どおりだ。
マンションのキッチンで同好会への入部届を書きながら、友竹は再びため息をつく。
「せやけど、ラグビーがあない激しいスポーツやて、知らんかったわ」
生で見たのは初めてらしい。スクラムの時に体がぶつかる音や、タックルの激しさに驚いたようだ。

「まあ、せやな。激しいな」
天照は自分と友竹のためにコーヒーを淹れながら、相づちをうつ。
「なんで天さんにばっかり、タックルしてくんね」
「そら、トライさせんようにやろ」
友竹にはブラックのまま、自分にはミルクをたっぷりと加えてテーブルに置く。

「何人も? 何回も? 腰から下ばっかり狙って?」
友竹はラグビーのルールをよく知らないようで、ウィングの天照を敵方がタックルして止めようとするのが気にくわないようだ。
「納得でけへん」

「そういうルールやねん」
不満げな顔を見せる友竹に、にが笑いする。
「なんぼルールでも、やり過ぎや。心配で見てられへん」
友竹があまり乗り気でなかったラグビーを始める気になったのは、例えルールに則った事だとしても、自分以外の人間が天照の腰に抱きつくような真似をして欲しくないからだ。

「せやさかい、おまえにもう一人のウィングになって欲しいねん」
そうすれば、天照に集中していた敵方のタックルも分散するし、二人の高速プレーにはついてこれないかもしれない。
友竹が参加する事で、攻撃のスピードは飛躍的にあがり、突破力も増して、タックルで止められる確率は低くなる。

「俺を助けると思て」
「しゃあない。しばらく、つき合(お)うたるわ」
自分がタックルされて他の男に倒される姿を見れば、必ず友竹はラグビー同好会に参加して自分を守ろうとするだろう。天照はそう考えて、友竹に練習を見学するよう勧めた。
少し卑怯な手だったが、友竹は全てお見通しのうえでラグビー同好会に入ってくれる。

「おおきに」
天照は友竹に大事にされているのを実感して、嬉しくてニッコリ笑う。
「天さんの思う壺やな」
複雑な笑顔を見せて、友竹はコーヒーカップを傾ける。

「イヤか?」
訊けば、小さく笑って首を振る。
「ホンマにイヤやったら、そう言う。天さんには、なんでも正直に伝える。ラグビーのコトも、真弓を喜ばせるのはシャクに障るけど、天さんが喜んでくれるんは嬉しい」
真剣な顔だ。

「おまえ、アホやな」
いとしさと幸せと、ありったけの想いをこめて”アホ”と言う。
「うん。自分では賢いつもりやってんけど、天さんに会(お)うて天さんを好きになって、どんどんアホになってる気イがする」
コーヒーカップを置いて、天照の手に自分の手を重ねる。
「俺の中、天さんでいっぱいや。それが怖い。けど、」
重ねた手を強く握る。
「幸せや」

「俺も」
負けないくらい、天照も強く握りかえす。
「俺も、幸せなアホや」
「うん」
天照の言葉に、友竹はとろけるような笑顔をうかべていた。




  2013.08.21(水)


    
Copyright(C) 2011-2013 KONOHANA SYOMARU. All Rights Recerved.
inserted by 2nt system