建設現場で始めたバイトは、最初のうちこそ大変だったが、しだいに慣れて楽しくなる。体力には自信があるし、何より実際に建物を建てる工程に携わるので、勉強にもなる。それにバイトの時給もそこそこいい。
初めての給料日、天照は渡された封筒に入っているバイト代を確認して、思わず笑顔になる。
「国立」
一緒にバイトしている真弓も、封筒を握ってニヤニヤしている。

「思ったより入ってたな」
「ああ。時間短いわりに、効率がええな」
「せや。バイト代も出たコトやし。今日メシ食って帰らへん?」
真弓の言うとおり、少しゼイタクをして外で食べたい気分だ。それに友竹も今夜は用事があって遅くなるようなコトを言っていた。

「ええな」
即答して、駅近くの居酒屋に行く。
「ほな、お疲れさん」
「お疲れさん」
もちろん天照も真弓も未成年なので、ウーロン茶でカンパイする。友だちと居酒屋に来るなんて、大人になったようでくすぐったい感じがする。

「国立はバイクの免許取るためにバイトしてんのやったな」
「せや」
焼き鳥を手に持って、天照は頷く。
「今乗ってるバイクじゃ、もの足りんようになってな。ほんで大型バイクに乗れるよう、限定解除するつもりやねん」

「へえ。バイクて、面白(おもろ)いんか?」
「真弓、バイクに興味あるんか?」
逆に訊けば、首を振る。
「そうか。けど、いっぺん乗ってみ。俺も友竹にニケツ(=二人乗り)してもろてハマッたんや」

「へえ」
ウーロン茶を飲んで、カラアゲを食べる。
「国立、これ美味いで。食うてみ?」
言われて、天照も食べる。
「ホンマや。これニンニクが使てあるんかなあ。友竹が好きそうな味や」
そう言う天照を、真弓は何か言いたげに見る。

「なんや? ニンニクと違うんか?」
「さっきから、ふた言目には春日の話やな」
「え? せやったか?」
天照にはその自覚がない。しかし、聞いていた真弓がそう言うのだから、間違いないだろう。
「せや」
もうひと口。ニコリともしないで、カラアゲを食べる。

「おまえら、いっつも一緒やし。春日は二人でいてるトコに声かけると、にらみよるやないか」
そうかもしれない。だが笑って誤魔化す。
「アホな」
「いや、にらむ。威嚇する。・・・おまえら、どんな関係や?」
「どんな、て」
親友で恋人同士だ。

「友竹は俺の保護者気取りやねん」
もちろん、正直に打ち明けるわけにはいかない。
「あいつは長男で俺は末っ子やさかい、長男の血が騒ぐんと違うか?」
「なんや”長男の血”て」
天照の説明に、真弓は小さく吹き出す。
「人見知りなトコあるけど、面倒見はええねん」

「ああ。真面目で、頼りになる長男て感じやな。せやから女にモテるんか」
「モテモテや」
友竹と恋人同士である事を、今はまだ誰にも言う気はない。真弓の話題がそれて、天照は内心ホッとする。

「今、つき合ってる子とか、おるんか? 国立、知ってるか?」
「さあ?」
「春日やったら、選びたい放題やな。黙ってても女の方から寄ってくるやろ」
「真弓はどんなんがタイプやねん?」
話の流れで訊けば、アルコールを飲んだわけでもないのに顔を赤くする。

「ど、どんな、て。せやな、普通の子でええねん。普通に笑った顔が可愛くて、”ありがとう”とか”ごめんなさい”が素直に言える子、かな」
「へえ」
真弓らしい答えだ。
「国立はどうやねん?」

「俺? 俺は、」
友竹の顔がうかぶ。凛とした端正な顔立ちだが、笑うと優しい顔になる。クセのある髪のやわらかな感触や自分を呼ぶ低い声、熱い腕、逞しい腕、制汗剤に混じった友竹の匂い。
いっぺんに思い出す。
「やらしい、なに赤(あ)こなってんね」
「え、赤(あ)こなってるか?」
「ああ。やらしいコト思い出してたんやろ。そんな顔や」
「アホか」
笑って、ウーロン茶のおかわりを頼む。

「国立は、今つき合ってる子とか、いてへんのか?」
「えらい今夜はソッチ系の話ばかりやな」
「ええねん。男同士、エロい話で親睦を深めんね。で?」
「ノーコメント」
天照の答えに、真弓は明らかにガッカリした顔をする。

「そうか、いてんのか。国立も春日も、ちゃんと彼女がおってるさかい、ギラギラしたトコがないんやな」
半分正解で、半分は誤解だ。
「で、国立は、その・・・エッチなコトとか、したコトあるんか?」
言いにくそうに、だが息をはずませて真弓は小さな声で訊く。
とたんに、友竹の温かな手の感触や、やわらかな唇の感触、大きく変化した部分の逞しさを思い出す。

「いやいや、ノーコメントノーコメント」
「イケズ。教えてくれてもええやんか」
赤くなった顔を見られないよう、急いでウーロン茶を飲んで、もう一杯おかわりする。
「真弓は、彼女とそういうコト、したいんか?」
「俺はまだ彼女はいてへんけど、男やったら誰かてそうやろ」
大きく頷く真弓の考えには、半分同意出来て、半分は出来ない。好きな相手に触れたいと思う気持ちは、よく分かる。だが、天照が触れたいと思うのは、同性の友竹だ。同性だからではない、友竹だから触れたいと思う。

「その・・・初めての時、緊張した?」
恋をしたのも、キスも体の快感を共有したのも、友竹が初めての相手だ。初めて肌を合わせた時、天照は緊張してただ友竹の体にしがみついている事だけしか出来ずに、あっという間に昇りつめた。
「初めての時は、もののわかった年上の人に教えてもらうのがええて聞いたコトあるけど、どうやろ?」

真弓の言葉に、ハッと息を詰める。自分が震えるほど緊張していたのに対して、友竹は案外落ち着いていた。服を脱がせるのには手間どっていたけれど、いったん抱きあえば、あとは友竹からの甘い刺激に翻弄されて、目をつぶっているうちにコトは終わっていた。
今もそうだ。友竹は優しく残酷に、自分を高みに押し上げる。友竹の気持ちを疑った事は一度もないが、そういう行為に慣れているのではないかと、考えた事はある。
つまり、自分ではない他の誰かを相手に、そういう行為をした経験があるのではないか、と。

「国立、おい」
黙ってしまった天照に、真弓は心配そうに声をかける。
「ちょお、しつこかったか? かんにんな」
「いや」
首を振って、
「けどホンマ、俺こんな話、苦手やねん。もうかんべんしてや」
手を合わせれば、わかったと笑う。

「もう、せえへん。けど、大きいナリして、国立て案外ウブやな」
「ほっといてんか」
軽く笑いとばす。

そのあとは大学での勉強やラグビーの話で盛り上がって、けっこう長居してしまう。
「ああ、美味かったなあ」
「ああ。楽しかったし、美味かった」
真弓と連れ立って居酒屋から出れば、すっかり日も暮れて、ネオンがまたたき始めた街の様子は一変している。

「国立。ほな、俺コッチやから」
「ああ。明日、2限目からやったな」
「せや。少し寝坊出来るわ」
せやなと笑って、その場で真弓とは別れる。

駅へと向かう道すがら、天照はさっきの事をもう一度考える。
友竹はキスが上手い、と思う。友竹以外の人とキスをした事がないので、ハッキリとは分からないが、それでも上手いと思う。
友竹にキスをされると、幸せな気持ちになる。口と口とが触れあっているだけで、千の言葉より雄弁に友竹の気持ちが伝わってくる。
友竹の手に触れられると、そこから痺れが拡がって呼吸が苦しくなる。唇と手に刺激されて、だんだん分からないようになる。

分からなくなって、頭も心も友竹でいっぱいになって、友竹の名前を呼んで、優しく抱きしめられて。
「あぁ」
思い出すだけで、胸が高鳴る。本当に、友竹は巧みに天照を高みに連れて行く。

・・・友竹は、誰かとあんなコト、したんやろか?
多くの女性から熱い視線で見られる友竹だ。過去に”恋人”と呼べる関係の人がいても、おかしくはない。その相手が、女性とは限らない。

「・・・っ」
想像するだけで、胸が痛む。友竹が自分以外の誰かに恋をして、抱きあってキスをして。それ以上のコトもして。
キリで射されたような痛みだ。自分とは出会う前の、とっくに終わった関係だとしても、耐えられない。
・・・万が一、過去の恋人がおったとして、友竹やったらきっと、俺に打ち明けてるはずや。

思い直して角を曲がり、駅へと向かう大きな通りに出る。日も暮れきったこの時間だが、通りにはたくさんの人が歩いている。一人で歩く人、カップルで歩く人、賑やかな集団で歩く人。
だが、行きかう人々の誰よりも、友竹はカッコいい。比べる気にもならない。
・・・早(は)よ帰って、友竹の顔が見たい。

用事があって遅くなると言っていたが、この時間ならば部屋にいるかもしれない。天照はさらに大股で駅へ向かう。
「おっ?」
と、通りの向こうに友竹の姿が見えたような気がする。立ち止まって目をこらすが、視界の中には友竹はいない。長身で手足も長く、バランスのとれた体をしている友竹だから、集団の中で目立たないわけはない。

・・・人違い、やったか。
友竹の事ばかりを考えて、見間違えたようだ。。それに、一人ではなく連れがいたような気もする。友竹よりも少し背の低い、華奢なシルエットの男だったような。
「アホらし」
天照は声に出してそう言うと、足早に駅に向かって歩き出した。




  2013.07.24(水)


    
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