7月中に前期の講義は終了して、前期試験も終わる。友竹はもちろん、天照も追試を受けることなく夏休みに入る。大学に入って初めての夏休みだ。この長い休みの期間を利用して、いろいろな計画を立てている。
まずはバイクの免許だ。大型バイクに乗るため限定解除する。建設現場のバイトも続けたいし、両親の家や祖母の家に帰省して元気な顔を見せたい。それに、友竹と旅行もしたい。

「で、友竹はドコ行きたい?」
前期試験が全て終わった夜、夕飯を食べながら訊く。
「ミケがおるさかい、あんまり長く部屋は空けれへんやろうけど」
「せやな」
友竹は頷く。

「近場の、京都や奈良はどうや。バイクで行けば身軽やし、泊まるトコも困らんやろ。2泊3日くらいやったら、ミケを預けて行ける。それに古い神社や仏閣を見て回るのも、勉強になるしな」
「それ、ええな」
「天さん、限定解除はいつごろ出来そうや?」
「取りに行きはじめたら、すぐやろ。おまえもこの夏休みに取るんやろ?」
結局、友竹も夏休みの間に限定解除するようだ。
「せや。ほな、お互いの予定を見て、決めよか」

立って冷蔵庫の中から水を持ってくるついでに、カレンダーも持ってくる。1ヶ月ごとの大きなカレンダーには、二人の予定が書き込まれている。こうすれば自分でも忘れないし、お互いに確認がとれるので都合がいい。
「天さん。明日、ラグビー同好会の打ち上げがあるんやな」
「あ、せやった」
前期の練習日程が終わった打ち上げをするらしい。

「男ばっかりの、ムサ苦しい集まりや」
「天さんは女の子がおった方が楽しいんか?」
天照の言葉に、友竹は敏感に反応する。
「アホか。先輩の世話だけで大変やのに、女がおったら、なおめんどくさいやないか」
一笑に付す。

「せやな」
「なに心配してんね?」
「そら、心配する」
真っ直ぐに天照の顔を見る。
「変な虫が付かへんか、心配や」
真剣な顔で言う。

「アホ。なに言うてん」
他の人の誘惑を受けないか、友竹は本気で心配している。友竹くらい女性から熱い視線で見られる存在であれば、心配する必要もあるだろう。だが、自分にはまったくその心配はない。
「俺は全然モテへんし。第一、俺には友竹がおるやないか」
言ったあと、キザな言い回しだったと、照れてうつむく。だが、本心からの言葉だ。いつどこで誰と何をしていても、友竹の事を考えている。

気配を感じて顔を上げれば、すぐそばに友竹が立っている。友竹は座る天照の頭を、優しく抱く。
「いつかて、俺のコト考えてるんか?」
腕の中で頷く。
「天さんの中、俺でいっぱいてコトか?」
大きく、頷く。
「嬉しい」
アゴをとられて、端正な顔が近づいてくる。目を閉じれば、しっとりと唇が重なる。

「もっと、天さんの中、俺でいっぱいにしたい」
幸せなキスの余韻でボーッとなった頭で、今の言葉の真意を考える。
「ちょ、友竹」
頭を振って、友竹の腕から抜け出る。
「それって、俺に挿れるて話か?」

「そうや」
訊けば、認める。
「無理やて、何べんも言うてるやないか。まだ諦めてへんかったんか」
男性同士、どこをどう使って愛し合うのか具体的に友竹から聞いて、友竹の願望を知って、天照は頑なに拒んでいる。
手や口を使って快感を共有するだけで充分に気持ちがいいし、充足感を得ている。それ以上の行為は自分と友竹には必要ないとも思っている。

それに自分が”挿れる”側ではなく”挿れられる”側であるにも抵抗がある。
「諦めるもなんも。俺は天さんとそういうコトをしたいんや」
「それは、わかるけど」
「けど、これは俺の勝手なお願いで、天さんに無理強いするつもりはない」
友竹の言うとおり、友竹は無理に行為を進めようとはしない。

「いつか天さんが許してくれるまで、待つつもりや」
「なあ。俺がおまえに挿れるのは、あり?」
「それもええな」
微笑んで、天照の額に軽くキスする。
「けどやっぱり、俺は天さんに、挿れたい」
甘いバリトンが、耳に響く。間近にあるメガネの奥の瞳が、赤い熱情の色に光っている。
「ま、前向きに、検討しマス」
すごい迫力だ。天照はそう答えるのがやっとだった。



初めての時は、天照は真弓の言葉を思い出す、初めては年上の経験者相手がいいと、そう言っていた。男女の場合はともかく、男同士でもそうなのだろうか。確かに、普段はそういう目的で使わない場所を使うのだから、知識や経験が必要だろう。
挿れるにしろ挿れられるにしろ、天照には初めての経験だから戸惑ってしり込みするのも無理はない。友竹は時間をかけて慣らすと言っていたが、いくら慣れても痛いばかりで今以上の快感が得られるとは思えない。

・・・あいつ、ホンマにわかって言うてんのか? だいたい、そんな知識どっから仕入れてんね。
”挿れたい”と自分に迫る友竹の目は、情欲と確信に光っていた。また、友竹は他の誰かとそういう行為をした経験があるのではないかと、疑う。

「おい、国立。ドコまで行くねん」
考え事をしながら歩いていたので、待ち合わせをした場所を行き過ぎそうになる。真弓に声をかけられて、ようやく気がつく。
「かんにん。待ったか?」
「いや。時間ピッタシや。ほな行こか」
待ち合わせをした駅前から、打ち上げ会場となる居酒屋までは歩いて5分と聞いている。いつもラグビー同好会の連中と行く、安いが小汚い店だろうとばかり思っていたが、真弓はその前を通り過ぎて、その先の店へ入っていく。そこは初めてくる店だ。入り口で靴を脱いで木箱に預け、店の奥へ。店の中は間接照明でうす暗く、半個室ばかりだ。その中のひとつに案内される。

まだ誰も来ていないその席は堀ごたつ形式になっていて、中央に大きなテーブルがある。5人ずつ両側に座るようしつらえてある。10人分では席が足りないのではないかと、真弓の顔を見るが、真弓は落ち着いている。訳がわからないまま待っていれば、やがてラグビー同好会の先輩たちが来る。

そして皆、天照と同じ側に座る。向こう側の席は空いたままだ。
「真弓、これは?」
本格的に不安になって隣に座る真弓を見れば、
「こんばんは~」
高い声とともに女性が5人、入ってくる。いくら天照が初心で世間知らずでも分かる。どうやらこれは”合コン”の席らしい。

「おい、真弓。なんや、これは?」
小声で隣に座る真弓の脇腹を突つく。
「なに、て。合コンや。わかるやろ」
真弓も小声で返す。
「なんで俺が合コンに呼ばれてんね」
「国立、事前に言うたら断るやろ。俺、先輩からゼッタイ国立も連れてこいて、言われててん」

「はい、ソコ。レディの前で、ないしょ話はしない」
小声で応酬したところで、先輩から注意される。おそらくその先輩が幹事なのだろう。顔は笑っているが、目は笑っていない。途中で抜ける事も帰る事も許されないような雰囲気だ。
・・・ああ、もう。
天照は大きくため息をつく。

男5人女5人の合コンは簡単な自己紹介から始まる。相手の5人は近くの女子大の学生で同じサークルの仲間だとか。まったく興味のない天照はろくに話も聞いていないし、顔も見ない。ただひたすら食べる事に専念して、少しでも早くこの時間が終わるのを切望する。
しばらくして、強制的に席替えがある。男女が交互に並ぶよう幹事に指示されて、天照は真弓の隣から席を移る。

そこでも天照は食べてばかりだ。
「国立くんは1年生? 合コン初めて?」
「はい」
隣に座った女性から声をかけられる。黙ってばかりいるのも失礼になる。天照は顔を上げて返事する。

小柄で、どこにでもいるような女性だ。まばたきをすれば風が吹くのではないかと思われるくらい長くて派手なまつげに、本物だろうかとついつい見つめる。
「あら、キミ。よう見たらイケメンね」
アルコールで赤くなったほほをさらに赤らめて、女性はそう言う。

「はあ。そら、どうも」
「そらどうも、て。キミ、おもろい子ね」
さらに女性は天照に近づく。もう少しでヒザとヒザとが触れそうだ。高く甘えた声で軽く肩を叩く。

「俺、ちょおトイレ」
慌てて席をたつ。初対面の女性から親しげな態度をとられて、困惑している。正直、あまりいい気分ではない。
これが友竹相手なら、いくらでも触れて欲しいし、いつまでも触れていたい。目を閉じて、友竹の顔を思い出す。自分を”天さん”と呼ぶ、優しい笑顔がうかぶ。
いくらか、荒れた気持ちが落ち着く。

天照がトイレから戻って、ほどなくお開きとなる。
「国立くん。出口のトコまで、一緒に行こ」
女性に言われ、そこまではつき合おうと靴を脱いだ木箱の前まで行く。ところが女性が靴をはくのに手間どって、店を出た時には誰もいない。
「もう。みんな薄情なんやから」
どこか嬉しそうにそう言う。困った事になったと内心思いながらも、酔った女性を放っておくわけにもいかない。

「タクシー、呼びましょか?」
「タクシー代、持ってへん。駅まで送ってんか」
ここから駅まではそう遠くない。仕方なく天照は女性と連れ立って歩く。最初は上機嫌に歩いていた女性は、だんだん無口になっていく。
「どないしました?」
腰を折って顔を覗きこめば、苦しそうな顔をしている。

「ちょお、酔いがまわってしもて。どこかで休んでいきたいねんけど」
「どこか、て」
辺りを見回す。と、いつの間にか飲み屋街をはずれた裏通りに入っている。ピンク色の照明にうかぶ看板には”ご休憩”だの”ご宿泊”だのという文字が躍っている。

「ココで、休んでいく?」
女性の真の目的を知る。靴をはくのに手間どったのも、気分が悪いと言ったのも、全て計算された演技だ。
「失礼します」
厳しい声で言って、きびすを返す。大股で駅に向かいながら、天照は唇を咬む。手軽に関係を結ぶような、そんな低俗な男に見られていた事に腹が立って仕方がない。

「くそっ」
声に出す。真っ直ぐ前をにらみつける。と、遠くに見覚えある姿がある。立ち止まって目をこらす。間違いない、友竹だ。
友竹が見知らぬ男と連れ立って歩いている。それも自分にしか見せないような穏かな笑顔で、肩が重なるくらい身を寄せて。

「友竹」
声をかけて追いかけようとする。が、信号にはばまれて追いつけない。天照の目の前で、友竹と男はピンク色の照明またたく建物の方へ曲がっていった。




  2013.07.31(水)


    
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