山道をだらだらと2時間ばかり走って、林の中の一本道に入った頃、
「アニキ、変でっせ」
運転する金子が緊張した声で呼ぶ。
「なんや」
助手席で考えごとをしていた迅は、呼ばれて、それでも緩慢な表情で金子を見る。
「2台後ろの車。あれ、つけて来てんのとちゃいますか?」

「なんやて」
慌ててドアミラーで後ろを見る。目立たないグレーの車は、確かにこの車が走れば走り、
停まれば停まる。ナンバーもそこだけ不自然に汚れていて確認できない。
「文珠院組ですやろか、アニキ」
関が後ろから少し興奮した声できいてくる。
「いや、そうと決まったわけやない」

言っているうちに、スーッとそのグレーの車は直線道路で追い越しをかけてくる。
「…なんや、おどかしよって」
ホッとしたように関が言ったのも束の間、濃いフィルムをはった窓がスルスルと下がったとたん、
中からにぶく銀色にひかる銃口が!

「ブレーキッ!!」
キキーッ! 車体がつんのめるほどの急停車だ。グレーの車からはバリバリと何丁もの
マシンガンが火をふいているのが、コマ落としのようにはっきり見える。
「反転や!」

「つかまっといて下さいよぉ」
キュキュ、ギャギャギャ! タイヤをめいっぱい鳴らして、金子は車を反転させる。
きゃしゃなナリをしていても、暴走四輪のキングとまで言われた男だ。
「ふんばって下さい!」
むしろ喜々としてアクセルを踏みこむ。

「何事や」
体に受けるショックで、将人には尋常ならぬ事態が発生したことがわかったようだ。
「関、目かくしと耳栓はずせ」
「けど」
「ええから!」
関はしぶしぶ言われた通りにする。

「どないした?」
「あんたトコの兵隊が助けに来たんとちゃうか! 俺らが尾行に気づいたとたん、撃ってきよった!」
ガタガタと揺れる車の助手席につかまりながら、迅は後ろをむいて怒鳴る。
「俺がおるのに撃ってきたんか? そんなアホな」
なるほど、将人の言うとおりだ。将人を助けに来たのなら、どうして身代金の受けとり現場ではなく、
まだ将人がこちらの手の内にある今、撃ってくるのだ。

第一マシンガンだ。拳銃ならまだしもマシンガンでは迅たちの命はもちろん、将人の命すら
危ういではないか。
何かがおかしい。
だが、今は悠長に考えごとをしている暇はない。反転してまいたとばかり思っていたグレーの車が、
再びぐんぐんと追いついてくる。

「撃ってくるで!」
バリバリと銃口からウソのように火花が出ている。金子はそれを避けようと、道幅いっぱい蛇行する。
バンッ! が、鋭い破裂音がしたと同時に車は方向性を失い、まっすぐ林へ突っこんでいく。
「アカン! タイヤや!」
踏みぬくほどにブレーキを踏み、力いっぱいサイドブレーキを引いて、金子は態勢をたてなおそうと
するが、もう間に合わない。みるみる目前に木が迫ってくる。
「ぶつかるっ!」

ドーン!!

追突の衝撃には体を丸めてなんとか耐え、まっすぐ木に激突した車が止まったとたん、外へ逃げる。
だが手錠のかけられている将人だけ逃げ遅れ、まだ車の中だ。放っておくと車の爆発に巻き
込まれる。

「くそっ!」
迅は急いで車にとって返すと、将人の腕をつかんで外に引きずりだし、
「急げ!」
走らせる。

その数秒あと、
「ふせろっ!」
ボウッ!
大きな爆発音とともに、ものすごい熱風が地面にふせた二人の上を通りすぎていく。
見れば車はうす暗闇のなか、火柱をたてて燃え上がっている。
目の前で炎をあげて燃える車からの熱風がほほをなぶる。

「大丈夫か?」
「ああ」
迅は身をおこすと、自分の下にかばっていた将人を立たせる。

「アニキ!」
二人が無事だとわかると、先に木の影に逃げていた関と金子が走り寄ってくる。
「アニキ、ケガは?」
「大丈夫や。それより無茶しよるで」
「ホンマです」

「のんびりしてる時間ないんと違うんか」
将人に言われて道を見れば、グレーの車が迫ってきている。
「とにかくここは逃げの一手や。大人数やと目立つさけ、二手に別れる」
言いながら、迅は将人の手錠をはずす。

「関、金子。あとの段取りはわかってるな」
「はい」
「よし。ほな行くで」
迅は将人の手をひいて、関と金子と別れて走りだす。

後ろでは追いついたグレーの車の男たちが、炎上する車の中に誰もいないことに気づいたようで、
口々に騒ぎたてている。
「追ってくるで」
「奴ら車や。すぐに追いつかれてまう」
走りながら将人は言う。
グレーの車は山道をものともせずに二人の後を追ってくる。

「くそったれ!」
開けた走りやすい道沿いを走っていてはだめだ。迅は雨でぬかるんだ道に足をとられながら考える。
どんどんグレーの車は近づき、箱乗りになった男たちがマシンガンをかまえる。
バリバリバリ! バリバリ! 撃ってくる。弾が耳もとをかすめて飛んでいく。
「こっちや!」
迅は将人を押して藪の中へ飛びこむ。

二人は急な下りの斜面を、飛びこんだ勢いで滑りおちる。その頭スレスレの一直線、パシパシッと
ドロが跳ねあがる。
「ヒュー」
「大丈夫か?」
「ああ。笠原はん、俺ァ反撃するで。かめへんな」
言うなり迅はくるりと体を反転し、獣のように登り斜面に這いつくばる。右手にはいつの間にか、
拳銃が握られている。
「あんたはここでじっとしとき」
そう言い残して、パッパッと今滑りおちた斜面を登っていく。

辺りはそろそろ夕闇のせまる頃、藪の中から車のライトは見えても、車の方から藪の中の迅を
見つけるのは難しいだろう。
案の定、グレーの車は停まっており、手に手に拳銃を持った男たちがその周りに立っている。
迅は冷静に人数を数える。そろいもそろって黒メガネにコートの男が3人、運転席に1人。
合計4人だ。
拳銃には弾が6発入っている。迅は一度呼吸を整えると、先頭を歩く男の腕を狙って撃つ。
「うわっ!」
男の右腕に血煙がたち、持っていた銃がおちる。

「どこや!」
「撃ってきよったで!」
ヒィヒィと右腕をおさえて痛がる男を残して、男たちはサッと車の影に隠れる。
生きた、しかも人間を射ったのは初めてだったが、撃つ前も撃った後も手の震えはない。
「アホが」
迅はチロリと舌で唇をなめ、ゆっくりと後ろへ回りこむ。

バシュッ!
「ぐわっ!」
今度は助手席側の男がのけぞる。
「後ろや!」
が、気づいた時には、迅はもうその辺りにはいない。

今度は反対側に回りこんで、いまだ向こうに注意をむけている運転手を狙う。
バシュッ!
「うわっ!」
どこから撃ってくるかわからない迅の正確な射撃に、4人の男は相当おびえたらしく、
「も、戻れ!」
ほうほうの体で逃げていく。

「ザマァないで」
迅は用心して立ち上がると、男たちの落としていった2丁の拳銃を拾ってベルトにはさむ。
「笠原はん」
そして、元の場所でじっとしていた将人のところへ戻る。
「とりあえず、しのぎきったで」

「殺したんか?」
濃い硝煙の匂いに顔をしかめて将人はきく。
「いや。それより、早よここを離れな、あいつらまた戻ってきよる」
将人をうながして立たせる。
「あんたは大事な人質やさけな。金と交換する前に取り戻されたらかなわん」

「俺は一銭にもならん、かもしれんで」
並んでドロをふんで歩きながら、将人はギクリとするようなことを言う。
「どういうことや?」
ところどころドロのはねている将人の横顔は、真剣そのものだ。
「…あんた、頭からあいつらは俺を助けに来た文珠院組の兵隊やて思てるみたいやけど、
おかしいと思わへんか?」
「それは、」
「他になんぼでも方法はあったはずや。せやのに一番まずいやり方をとった」

「俺もそう思う」
雨にぬれて額にはりついた前髪をかきあげながら、迅は歩調をゆるめて言う。
「まず第一に、直接俺らの車を狙てきたことや。それもマシンガンで。第二に偶然かどうか
知らんけど、二手に別れたいうのに、まっすぐ俺らを追っかけて来よった。第三に、ここが
肝心やけど、あんたも一緒やのにかまわず撃ってきた」

「俺が狙われてんね」
ぽつりと、しかしはっきりと将人は言う。
「心あたりが、あるんか?」
「それは…」
将人は苦しげに眉を寄せる。何か秘密があるかもしれないと、その表情をみて迅は思う。

「おい」
迅は将人の手をとって立ち止まらせると、さっきくすねたおいた拳銃を、将人の手に押しつける。
「これ、持っとき」
「え?」
将人は迅の顔と押しつけられた小型の拳銃とを交互に見る。
「命(たま)ァ狙われとんのやったら必要やろ。」
将人の手をとって、拳銃を握らせる。

「…あんた、アホや」
将人は吐息まじりに言う。
「ええんか、俺に拳銃(ちゃか)渡して。こうやって、」
チャッ。まっすぐ銃口を迅の胸に向ける。
「あんたを撃って、逃げるかもしれん」

「せやな」
自分にむけられた銃口を見つめて、迅は言う。
「けど、あんたは考えてるはずや。今ここで俺を撃ち殺すか、一緒に追っ手をしのぎきるか。
両方のリスクを天秤にかけて、きっとあんたは一緒にしのぐ方を選ぶ」
腕を組み、まっすぐ将人の目を見つめる。
「それに、あんたはそんな卑怯なことのできる男と違うはずや。違うか?」

「かなァんな」
将人はようやく銃口をおろし、口の端を上げて笑う。
「せやろ。あんたはそういう男や」




  2011.07.16(土)


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