思ったよりも早い濁流にもまれながら、迅は将人を捜す。
と、流れていく先の大きな岩に、チラリと白い将人の顔が見える。
「うっぷ」
流れに浮き沈みしながら、迅は将人のそばまで近づき、同じ岩にはりつく。

見れば将人は血の気のうせた顔で、気を失っている。息はあるが、浅く早い。
迅は将人の脇の下に肩をいれ、しっかり支えると、川を渡り岸にあがる。
川原に出たとたん寒気がおそってくる。とにかくどこかで体を暖めなければ、将人だけでなく
自分の命も危うい。
歯の根もあわぬほどガチガチと身を震わせながら、迅は将人の重い体を引きずるようにして
森の中へと入っていく。

幸い、よろよろと進むうちに傾いた小屋を見つける。迅はかじかむ手で入り口を壊し、中へ将人を
連れてはいる。
ライターの火をつけて、中を見てみる。今現在、人の住んでいる小屋ではない。最近まで炭焼きか
何かが寝泊まりしていたのだろう。

迅は一段高くなっている板間に将人を寝かせると、さっそく囲炉裏に火をおこす。土間につんである
薪で、今夜一晩はしのげそうだ。
「よっと」
火のそばに連れてきてよく見れば、将人の唇は紫色にかわっておりガチガチと震えている。
なにより撃たれたキズの具合が心配だ。

迅は将人の服をはぎとっていく。
「うっ」
シャツの右肩にベットリと血の染みができている。思いきってそのシャツもはぎとってキズを見る。
しかし、出血のわりにキズ自体はたいしたことはない。弾も抜けているようだ。血もほとんど止まり
かけている。
とにかく、早くキズ口を消毒して止血しなければならない。

迅は奥の部屋へ入って布を探す。と、この小屋の住人が忘れていったのだろう布団と毛布、
それに手つかずの酒がはいった一升ビン、タオル、缶づめまで見つかる。
これだけあれば何とかなる。特に酒が出てきたのはありがたい。

迅はナイフで酒ビンをこじあけると、少し口に含んで口うつしに将人に飲ませる。将人ののど仏が
上下したところで、もうひと口。
それからキズ口を消毒しておく。タオルに酒をひたして乾いた血をふきとり、自分のシャツを細かく
裂いて包帯がわりにぐるぐる巻きつけておく。

「ふぅ」
自分も気つけに酒を飲む。萎えていた体が少しだけしゃっきりとしたようだ。
将人の顔はまだ紙のように白い。呼吸も荒く、油断はできない。
「くしっ!」
とにかく体を暖める必要がある。迅は将人の服を下着まで全部脱がせ、布団と毛布のあいだに
おしこんでおいて、自分も全裸になると将人の横にすべりこむ。

裸の将人の体に腕をまわして、そっと抱き寄せる。
将人の体は石のようにヒヤリと冷たい。
…死んだらアカン。
「笠原はん」
自分の命まで燃やして将人の体を暖めようと、迅は強く抱きしめる。
死んだらアカン! 俺が守ったる!
熱い想いで、名前を呼ぶ。
「笠原、はん…」



朝のひんやりとした空気が、小屋の中を流れる。
「ん…」
迅は一度身震いすると、うすく目をあける。おこした火は消え、どこからか弱々しい朝日が差し
込んできている。

腕の中の将人を見れば、顔には血の気がもどり、寝息もおだやかだ。一番危ない状態を脱した
らしい。
「フゥ」
迅は自分と将人の悪運の強さに、今まで信じてもいなかった神を、少しだけありがたい存在だと思う。

安心すると急に空腹感がわいてくる。迅は両手をついて上体をうかせる。
と、目下に将人の白い胸がある。一緒にフロにもはいったし、昨夜も見たはずなのに、何故か
今は恥ずかしい。

「ん…」
毛布のなかに流れこんできた冷気で、将人も目を覚ましたようだ。
「あ、目ェ覚めたか」
「ここは?」
半覚醒のぼんやりした目で、将人はきく。
「炭焼きの小屋みたいや。今は使てないけど」
「そうか」
ホゥッと安堵の息をつく。

「腹へったやろ。今火ィおこすさけ、もう少しじっとしとき」
迅は毛布からでて立ち上がる。もちろん全裸だ。その姿を見て、将人は自分もまた真っ裸で
あることに気づいたようだ。

「あんた、黒田はん」
「なんや?」
「一晩中、抱いて暖めてくれたんか?」
「せや」
背中を向けたまま、迅はすっかり乾いた服を着る。

それから火をおこし、昨夜見つけておいた缶づめをあけて暖める。
その間中、将人の視線を感じる。つき刺さるような鋭い視線ではない。初めて感じる、穏やかな
視線だ。

「たいしたモンないみたいやけど、少しはハラの足しになるやろ」
「おおきに」
将人は礼を言うと、肘をついて座ろうとするが、まだ力がはいらないようで、上手く座れない。
「大丈夫か?」
迅が手をかして、ようやく将人は座る。寒くないよう、迅は裸の背中に上着をかけてやる。

「キズの具合はどうや?」
「ズキズキするけど、たいしたことない。弾、抜けとったんか?」
「ああ。かすっとっただけや」
一人分にも満たない缶づめを、二人で分けあって食べる。空腹は十分に満たされなかったが、
暖かいものを食べたことで、いくぶん元気がでる。
食事のあと、もう一度酒で将人のキズ口を消毒しておく。血はとまっており、化膿もしていない。

「黒田はん」
再びシャツでキズ口がおおわれた後、将人はキチンと布団の上に正座する。
「おおきに。おかげで助かりました」
そして手をついて深々と頭を下げる。

「お、おいおい」
これには迅も驚く。将人は関西でも1、2を争う文珠院組の四代目だ。そんな男が自分のような
二束三文の極道に手をついて礼を言うなんて、信じられない光景だ。

「笠原はん、手ェあげとくんなはれ」
「いや、それはアカン。二度も命を救われて礼も言えない男やなんて、あんたには思われたくない。
ホンマにおおきに」
「笠原はん…」

「正直、最初はなんて無茶をやる男やて呆れた。天下の文珠院組に盾突くやなんて、アホの
やるこっちゃ」
「…」
「せやから逃げた。アホにはつき合いきれんからや。けど、あんたは違(ちご)た」

迅は勢いの弱くなってきた火に、ポンと薪を足す。
将人は正座していた足をくずして、アグラをかく。
「…俺の命が狙われてるてわかった時も、あんたには関係ないさけ、そのまま放って逃げれば
よかったんや。けど、あんたはそうせえへんかった」

「そんなん、出来るかぁ」
迅はボソリと言う。
「せやな、あんたには出来んやろ」
将人は短く吐息をつく。

「川に落ちた時かてそうや。まんま放っといたらええものを、わざわざ自分から飛びこんで
助けあげてくれて。おまけに命けずって俺を暖めて」
「俺をかばって撃たれたあんたを放っておけるか。それに、あん時は川に飛び込むしか
なかったんや」

「ホンマに、それが理由か?」
ずいと、将人は迅の顔をのぞきこむ。真剣な表情だ。
「ホンマに、て」
「ホンマにそれだけの理由で、俺を助けてくれたんか?」
じっと迅を見つめる。迅は自分を見つめる将人の目から、目が離せない。

「…俺は自惚れてもええんか? あんたは俺やから助けてくれたて」
将人の手が、迅の手に重なる。
その白い手がゆっくり腕をあがり、肩を撫で首筋を撫であがる。
迅はされるがままに、じっとしている。
「どうして俺を助けてくれるんや?」

「それは、」
迅は自分のほほにある将人の手に自分の手をそっと重ねて、
「あんたに、惚れてしもたからや」
打ち明ける。

そうだ、惚れてしまったのだ。この、一見冷徹に見えて、その実どこか寂しそうな将人に。
惚れてしまったから、離れがたくて、守ってやりたかったのだ。

言って、迅は苦しげに顔をゆがめる。
「けど、こんな気持ち、迷惑やろ」
迅は重ねていた将人の手から、手を離す。
「男のあんた相手に惚れたやなんて、おかしな話や。…あんたに軽蔑されたかて、」

言葉の途中で、迅は将人に力まかせに抱きよせられる。
「同情はブタのエサにもならん!」
迅は将人の裸の胸に腕をつっぱねる。
「情けなんか、くれるだけアダや!」

「同情と違う!」
しかし、将人は大声で否定する。
「ちゃんと聞いてたんか。自惚れてもええか、て。…俺かて、あんたに惚れてる」

将人の言葉に、迅はピタリと動きをとめる。将人は小さく息を吐いて、
「…山小屋を出たとき、目隠しされたあとキスされたのがわかった。どうしてそんなことしたんか、
訊いてやろと思てて、とうとう訊けんやった。…嫌やなかったんや。何べん考えても」
ますます強く抱きしめられる。
「俺も、惚れたんや、あんたに」

「笠原はん」
迅も腕をまわして将人の体を抱きしめる。今までこんなに強く抱きしめられたことも、抱きしめた
こともない。
「将人や。…将人て、呼んで」
「…将人」
名前を口にするだけで、熱い想いがこみあげてくる。

右のこめかみの古キズに、やさしく口づけられる。それだけで感じてしまう。
頭をふって、ぐっと将人の首を引き寄せて、自分から唇を重ねる。
舌をいれて絡めて、強く吸う。将人が相手だと思うだけで、興奮する。

「黒田はん。あんた、下の名前は?」
「迅や」
「迅…」
熱い吐息まじりに名前を呼ばれる。

迅は自分の名前の形に動く将人の唇に、もう一度唇を重ねる
「あぁ…」
そして、手を大きく広げて、将人の胸をまさぐる。
ほとんど体毛のない、白くすべらかな胸の、まだ柔らかいうす桃色の乳首を探りあて、
指先ではさむ。

「んっ」
ピクリと、将人の体が反応する。
指先ではさんで、つぶして、ころがして。
そうするうちに、だんだんと硬い芯をもつ。

「ここ、ええんか?」
「ん…」
見上げれば、将人は小さく頷く。その目は熱く、潤んでいる。

…感じて、いるんや。
迅の唇は、白い将人の首筋をとおって下へ下へ。
胸のあたりにあった手も、下へ。
指が、柔らかな下草から頭をもたげている将人自身に触れる。

「ここも、もうこんなや」
「あっ…、ホンマに」
迅はそっと将人を握り込むと、ゆっくり上下に扱く。
「じ、迅…」
舌を出して、さっき指先で芯をもたせた乳首を、軽くなめる。
「迅っ」

とたんに手の中の将人自身が容積を増す。
男相手は初めてだが、こんなあふれでる熱い想いは今まで他の誰にも抱いたことはない。
だから、自分の腕の中で自分の名前を呼びながら、押し寄せる歓喜の波に耐えている将人に、
より大きな快感を与えようと、迅はそれのみに集中する。

「あ、あぁっ…い、いい」
「将人、ここか?」
「せや、そこ、あ、そんな…ん、ア…カンっ」

舌先に感じる将人の鼓動は、重くて早い。手の中の将人も、ますます熱く、ますます硬く、
先端から透明な粘液をあふれ出している。
「も、アカン、…もう」
「まだや」
迅はかすれた声で言うと、身をかがめ、ためらうことなく将人を口に含む。

「んーっ」
体をいっぱいに仰け反らせる将人のひざを左右に開いて、迅は深く強く将人を含む。
大きく口を開けないと、先端すら含みきれない。
「あっ、アカンっ!」
口の中の将人は、すでにカチカチに張っていて、今にも頂点を迎えそうだ。

「俺ばっかり…あんたも一緒に」
「ええから」
「いやや! 一緒に。なぁ」
強引にアゴを持ち上げられ、脇の下に手をいれられて抱きしめられる。

将人は半分はだけた迅のトレーナーを脱がせ、ベルトをはずして、性急にジッパーを下ろす。
そして、下着の中心を押し上げている膨らみに、手を重ねる。
「…あんたも、もう、こんなや」
布の上から手で握り込んで、2、3度軽く扱く。それだけでヒザが震えるほどいい。
何度かそれを繰り返され、迅自身は苦しいほどに容積を増していく。

ガマンできずに、迅は自分で下着とジーパンとを一緒に下げ、足先から抜く。
将人の体に体重をかけないよう、手とヒザをつけば、じかに迅自身に手が伸びてくる。
「うっ、…あぁっ」
将人が自分の男を愛撫している。そう思うだけで、甘い声がもれる。

「俺の体、コーフンするんか?」
「する」
「好きか?」
「好きや!」

吠えるように言って、唇をむさぼる。すぐに将人は口をあけて、迅の舌を受け入れる。
硬く起立したお互いのものを、強く早くすり合わせる。
低くくぐもった声、汗にぬれてしっとりと吸いついてくる胸、ジュクジュクと擦り合わされるモノの
湿った音。
その全てが迅の快感を高めていく。

「迅」
「も、イキそうや」
「俺も、も、アカン。…一緒に」
「う…あっ!」
「迅っ!」
「将人っ!」

その瞬間、背筋がカーッと燃えて、体の中に蓄積された大きなエネルギーが、小さな出口から
一気に放出される。
「ハァ、ハァ…」
「あぁ、…ハァ」
放出の余韻が、ゆっくりと抜けていく。
「ハァー…」
目を開けて将人を見れば、将人もまた迅を見つめている。

「将人」
愛おしい。もう、離したくない。
気持ちをこめて抱きしめる。
将人も、それに応えるかのように、ゆっくりと迅の体を抱きしめた。




  2011.07.23(土)


  NOBEL INDEXへ  次回、完結
Copyright(C) 2011 KONOHANA SYOMARU. All Rights Recerved.
inserted by 2nt system