コンクリの上でろくな暖房器具もないまま、朝をむかえる。相変わらず、外はサラサラと雨が
降っているようだ。
「うぅ、寒ぅ」
迅はボサボサの頭のまま起き上がり、アグラをかいて座る。

金子と関は足下でまるまって寝ているし、将人は大きな体を小さくまるめて眠っている。
なんや、文珠院組の四代目やていうけど、寝てる顔はまだガキやないか。
自分とたった二つしか違わないのに、どことなく子供くささの残る寝顔を見ながら、迅は上着の
ポケットからクシャクシャになったタバコを一本取り出して、百円ライターで火をつける。

寝起きで味のしない煙を吐き出しながら、今日の段取りを考えていると、急にケホケホと将人が
セキこみはじめる。
「タバコ」
「え?」
「俺、アカンのや。…消して」
本当に苦しそうにセキこんでいるものだから、あわてて床に押しつけて消す。

「ハァ、死ぬか思た」
将人はゼイゼイと呼吸している。
「そんなにアカンのか?」
「天敵や。気管が弱いらしいねん」
「へえ」
「すまんけど、起こしてくれるか」
将人はまだ手錠をかけられたままだ。迅は将人を抱き起こし、床に座らせる。
「おい、関、金子。起きろ」
舎弟を起こして朝メシを買いに行かせる。

ほどなくコンビニの袋にパンをたくさん買い込んだ金子が戻ってくる。
手の使えない将人には、迅がひと口ずつパンをちぎって食べさせてやる。

「アニキ、今日の段取りでっけど」
食事の後、将人に聞かれないよう迅たちはかたまってヒソヒソ声で相談する。

「昼にいっぺん文珠院組に電話する。それから金の受けとり場所を指定する。上手くいったら
明日には現金一億が手に入るはずや」
「で、あいつ」
くいと憎々しげにアゴでしゃくって、関はきく。
「どうしはるんでっか?」

「当初の計画どおりや。ことが終わったら返す。そういう約束やったな」
「けど…」
「アカンか?」
目線を落とす関に迅は言う。
「ええか。なんぼ道がハズれても、約束だけは守らなアカン。それが極道としての最低の筋や」
「はい」

「おい」
関がしぶしぶ頷いたところに、将人がむこうから呼ぶ。
「なんや?」
迅は将人の方を見る。
「ションベンや。もう、膀胱パンパンでかなァん。」
「アニキ、どうします?」
ムッとした顔で迅を見上げて、関はきく。
「…しゃあない」

「早よしてくれ。もれそうや」
「わかったわかった。金子」
言われて金子は将人のところへ行き、腕をとって立たせる。
「こっちや」

「て、あんた、どうやって俺にさせるつもりや。俺のムスコ、出してくれるんか?」
将人は手錠をかけられていて手が使えない。いきおい誰かが将人のズボンのジッパーをおろして、
サオを出してやらねばならない。
「アニキぃ」
「はずしてやれ。かまへんさけ」
その光景をしっかり想像してしまった迅は、ゲンナリした顔で金子に言う。

「痛ァ。ビリビリするで」
手錠をはずしてもらい、手首をさすりさすり将人は言う。
「笠原はん、わかっているやろうけど、」
「ああ、わかってる。逃げたらアカン、やろ。それよりもれてまう」
「金子、ついて行け」
「はい」

大股で歩いていく将人の後を、金子はあわてて追いかけて行く。
ところが、3分たっても5分たっても、将人と金子は戻ってこない。
「やけに長いションベンやないか?」
「あの野郎、ションベンだけやなくて大もしてんのとちゃいまっか」
下卑た笑い声をたてて関が言うのに、迅はフンと鼻で笑って、ハッと気づく。

本当に金子だけであの男をおさえきれるやろか…。
将人の両手が使えないならともかく、今はまったくの自由だ。
「アニキ?」
「アカン! 金子を捜しに行くで!」
「え? は、はいっ」

はずれてくれと切望した嫌な予感は、しかし見事に的中する。廃工場の裏手のカゲに、金子は
一人でうずくまっている。
「金子!」
「ア、アニキ」
あて身をくわされたらしい。2、3度ほほをピシャピシャと叩かれて、ようやく気がつく。

「あ、あいつ、逃げよった!」
「どっちや!」
「それが…」
「アホッ!」
関がポカリと金子の頭を叩く。

「関、やめとけ、今は仲間われしてる時とちゃう。ええから、手分けして捜すんや。金子、何分
くらいたってる?」
「たぶん4、5分やと。」
「まだ遠くには行ってないはずや。捜せ」
三人で三方に散る。

…俺があいつやったら、迅は考える。
まず人の多いところに行く。念のためサイフと携帯電話は取り上げといたが、他にカードを持ってた
かもしれん。まさか警察に駆けこむことはせえへんやろ。
そう考えながら、商店街へと出る広い道へと走って行く。

しょぼつく雨がしっとりと迅の髪をぬらし肩をぬらす。
「くしっ!」
ジーパンの硬い布をも通して、足までぬれてくる。時計を見れば午前10時。そろそろ住宅地は
静かになり、商店街はにぎやかになる時間だ。

あんな男、信用した俺がアホやった。
降りかかる雨を呪いながら、ひとつ角をひょいと曲がる。
と、そこには制服をきた警官が立っている。
くわばらくわばら、と、まわれ右をして行こうとした迅は、そこでピタリと足をとめる。
「ありゃあ…」
将人だ。警官に職務質問されているようだ。

「笠原はん」
喜々として迅は駆けよる。将人はギクリと顔をこわばらせる。
「いやぁ捜しましたで。…おまわりさん、この人なにか?」
愛想よくききながら、背後では拳銃をぬいてゴリッと銃口を将人のわき腹にあてる。

「いや。この人が道に迷ってはるようやったんで。あなたのお知り合いですか」
まだ若い警官は迅の笑顔に警戒心を解いたようで、そう尋ねてくる。
「はい、そうです」
「いや、失礼しました」
「ご苦労さまです」
去っていく警官を笑顔で見送って、迅は将人の顔を見る。

「俺、初めてや」
「なにが?」
すっかり観念したのか、なげやりな声音で将人は訊きかえす。
「おまわりに頬ずりしたいて思たの」
「さよか」
「さ、戻ろか」



ボンッ!
「ぐっ!」
将人の端正な顔が苦痛に歪む。腹を打たれると息がつまって苦しいのだろう。
「こんガキゃあ!」
「もうそのくらいにしとき」
ふり上げた関の拳をガッチリ握って、迅はコンクリの床にころがる将人を見る。
続けざまに何発も腹を打たれた将人は、腹をおさえてせぇせぇと苦しい呼吸を繰り返している。

「おいっ!」
迅は片ヒザをつき、将人の髪をつかんで力まかせに上を向かせる。
「手間かけさせたらアカン! 今度こんなふざけたマネしくさったら、命ないで!」
「…わかった」
かすれた声で将人は答える。だがその目にはまだ闘志が感じられる。

「フン」
手を離せば、そのまま床に落ちる。これだけ痛めつけられて口ではしおらしいことを言っているが、
本当に逃げるのをあきらめたのだろうか。
「アニキ、これからどないします?」
「せやな。おまわりにはメンがわれてしもたし、だいいち験(げん)が悪い。河岸かえよ」
「どこに?」
「せやな」

迅はいまだ足元にうずくまる将人をチラリと見て、こそこそと関と金子に耳打ちする。
「わかったか?」
「へえ」
「ほな必要なモン、揃えて来(き)い」




  2011.07.10(日)


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