晶の実家は産婦人科の病院で、晶はそこに勤める産婦人科医だ。いずれは優秀なムコをむかえて
跡を継ぐと、まえまえから聞いている。
「はぁ」
歩は、約束の夜9時ちょっと前に、”殿村ウィメンズクリニック”と書かれた玄関の前に立つ。
ゲイの自分には一生縁がないと思っていた産婦人科の病院に入るのに、一瞬躊躇するが、
意を決して扉を開ける。

「こんばんは」
「あら、早かったやない」
受付に声をかければ、すぐに奥から晶が出てくる。
「靴のままでええわよ」
「はあ」

もちろん診察時間は終わっているので、照明は必要最小限にしか点いていないが、全体的に
ピンク色を基調とした、やわらかい雰囲気の造りであることはわかる。
歩の知っている普通の病院とは、雰囲気が違うのだ。
もうそれだけで気おされてしまって、なかなか奥へ入れない。

「どないしたの?」
「せやかて…産婦人科て、なんや敷居が高くて」
「男の歩くんには、そうかもな。ま、とにかく、コッチ来て」
促がされ、後をついていけば、診察室へと通される。

「なんや食べてきた?」
「いや。最近、食欲なくて」
食べ物の話を聞くだけで、吐きそうになる。
「やっぱり。ほな、これにオシッコ採ってきて」
白い紙コップを渡され、有無をいわさずトイレに追いたてられる。

訳もわからないまま採尿し、診察室へと戻る。
「注射とか、するんか?」
「まだ注射が怖いんか? 大丈夫や、そない金のかかるコト、するわけないやろ。ほな、
ここ立って」
身長と体重を計られる。
「180cm、70Kg、と。次は、シャツのボタンはずして、ベルト緩めて横になって」
言われたとおり、診察台に横になる。その間に、晶は歩の採ってきた尿を検査している。
それが終われば、脈をとって、血圧と体温を計る。

「はい。ほな、昨日みたいにポンポン診せてんか」
「はいはい」
もうまな板の上の鯉状態だ。自分でパンツを緩め、下着ごと腰骨ギリギリまで下げて下腹部を
出す。
晶はあらわになった下腹部に聴診器をあてる。

「なぁ」
「シッ。黙って」
あんまり何箇所も聴診器をあてられるのが不安で、声をかけるが、軽くいなされてしまう。
その次は、診察台の枕元にあった大きな装置の電源をいれる。人の背ほどもあるその装置には、
画面がついているのが分かるくらいで、何の目的で使う物なのか、歩には皆目見当がつかない。

「ちょお、冷っこいかも」
晶はチューブからゲル状の液体を出すと、歩の下腹部に塗りひろげる。あまり冷たくは感じないが、
ベタベタしているのはわかる。
そうしておいて、装置につながっている平たい器具を持って、歩の下腹部にあてる。

「ああ、やっぱり」
ため息とも感嘆ともとれる言葉がもれる。
「なぁ、もう教えてくれてもええやろ。いったい、僕の病気はなんやねん」

「病気とちゃうわよ。…私も昨日は半信半疑やったけど、間違いないわ」
平たい器具を下腹部から離して、晶は興奮気味に言う。
「歩くん。あなた、妊娠してるわ」

「は?」
一瞬、晶がなんと言ったのか、わからない。
「晶ちゃん、今なんて、」
「あなた、妊娠してるわ。第10週目ね」

「え、えぇっ!?」
晶はいたって真面目な表情だし、自分の耳がおかしいとも考えられない。
確かに、今、”妊娠第10週目”と言われたのだ。

「…信じられへんでしょ。無理ないわ」
いまだ茫然自失している歩に、晶は優しく語りかける。
「尿検査は陽性。超音波の画像にも、胎児が映ってるわ」
晶は装置の画面を歩にも見やすいように動かすと、平たい器具を歩の下腹部に乗せる。

白黒の画面の中には、不鮮明な黒いシミのようなものが映っている。
「ここ、よう見えるわ。CRL、つまり、胎児の頭からお尻までの長さが約3cmあるから、第10週て
わかんね」
晶は画面の中を指差して、
「この子が、あなたのお腹にいてるのよ」

「ウソや!」
思わず、歩は叫ぶ。
自分は男だ。それは、普通の男性に比べたら線の細いところはあるが、生物学的には立派な
男性のはずだ。
その自分が、どうして妊娠するのか。

歩は混乱しきって、慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩し、あやうく診察台から落ちそうになる。
「気をつけて! 落ち着いて、歩くん!」
身体で歩を支え、ゆっくりと診察台に座らせる。
「…と、言うても、ショックなの、わかるわ。けど、あなたのお腹に命が宿ったのは、確かなんやから、
体は大事にせな」
そして、優しく言いながら、歩の上着をかけてやる。

「晶ちゃんは、よう平気やな? 男の僕が、に、妊娠て」
「私は医者やし。男の歩くんが妊娠してたかて、その事実があれば、認めるわ」
「な、もういっぺん訊くけど、僕、ホンマに」
助けを求めるような目で自分を見る歩に、晶は黙って聴診器を渡す。耳にはめて、下腹部に
あてる。

トクン、トクン…。
小さく、かすかではあるが、確かに心臓の音がする。
「わかったやろ。…服を着て。体が冷えると毒よ」
晶に言われて、シャツのボタンをとめようとするが、手が震えて上手くいかない。見かねた晶が
ボタンもパンツも、元どおり着せてくれる。

画像を見せられ、心音を聞かされても、なお信じられない。
この、平らなお腹の中に、命が宿っているとは…。

「相手の人、この子のお父さんと、近いうち一緒に来なさい」
「なんで」
ハッと、顔をあげる。
「せやかて、今後のコトも含めて、よう話さなアカンでしょ。とくに、あなたは普通の妊娠とちゃう
のやさかい、いろいろ協力してもらわな」

「そんなコト」
「絶対よ。…今夜は送るわ」




  2011.12.07(水)


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