早朝からの仕込み作業から、昼営業、休憩、夜営業、閉店後の掃除まで、皇と遙はほぼ同じ場所にいる。のみならず、仕事が終わってからも一緒に夕食を摂り、風呂に入ったあとは遙の部屋で一緒に寝る。
いつでも遙の姿を目にする事が出来るし、手を伸ばせば触れる事も出来る。恋人と呼べる相手と、これほど濃密な時間を過ごすのは、皇にとって初めての経験だ。

遙は皇の知るどんな男性よりも、明るくて誠実で生真面目だ。大きな体からは想像できないくらい小まめに働くし、料理の腕も一流だ。
それに、皇を大事にしてくれる。
皇の部屋にはエアコンがないから、夜は寝苦しいだろうという理由をつけて、遙の部屋で寝るようになったが、普段は朝が早いので、せいぜいキスをして手を繋いで寝るだけだ。

「あ…」
だが、休日前は違う。
「ココ、気持ち、ええ?」
「ん…なあ、も、来て」
手で指で唇で、皇の体のいいところに全部触れる。恋人になりたての頃は、皇がいろいろと教える事に遙が先に音をあげていたのに、最近ではすっかり立場は逆転している。

「なんや、もう欲しなったんか?」
「せやかて、あんた、気持ちよすぎる」
「もっと、気持ちよう、なりたいんか?」
頷いて、ヒザを開く。情欲の炎が灯った目で、遙を見上げる。
「欲張りやな」
「せや。あんたが、欲し。早よ。お願いや」

熱を帯びた声に請われて、遙は満足げに微笑むと、充分に怒張した自分自身に手を添えて皇のすぼまりに押しあてる。
「あっ…」
指とローションとで事前にほぐしておく事、必ずコンドームを使う事、無理に押し込まず、呼吸に合わせてじわじわと侵入していく事、最初は浅く抽送する事。全部、皇が教えた。遙は忠実にその教えを守っている。

「う、奥の方、来て」
「ああ」
ヒザを肩に担いで、一番深いところまで届く格好になる。
「当たってる?」
訊かれるが、皇は答えられない。遙の体にしがみついて、甘い声をあげて、交互におとずれる大きな快感と小さな快感に必死に耐えている。

「スゴ、い。も、アカン」
「王子」
「名前、俺の名前、呼んで」
「皇」
「遙、遙、いい、も、アカン。イク、あ」
「俺、も。アカン…あ、イクッ!」
「あ!」

二人ほぼ同時に、頂点を迎える。荒い呼吸のまま覆いかぶさってくる遙の体を、しっかり抱きしめる。いとしさがあふれて、幸せで、嬉しくて、目頭が熱くなる。
いつもそうだ。遙と愛し合って、ひとつに溶け合うと、幸せで涙が出る。
「…また、泣くいてんのかいな」
それに気づいた遙は、小さく微笑んで、皇の浮かべた涙を吸いとってくれる。
「かわいいな、王子は」
30過ぎた男相手に、かわいいと言うのもどうかと思うが、不思議と遙からそう言われると温かい気持ちになる。

事後には体をきれいにしてくれて、パジャマまで着せてくれる。
「おやすみ」
そして額に口づけて、並んで眠る。いつもは皇もすぐに眠ってしまうのだが、今夜はなんとなく目が冴えて寝つけない。

…幸せや。
隣で規則正しい寝息をたてている遙の顔を見る。起きている時はいかつい顔をしているのに、こうして寝ている顔は子どものようだ。
…まだ信じられへん。大将と恋人同士になって、こうして隣で眠っているやなんて。
出会った当初は、弁当屋の客と料理人というだけの関係だった。ひと目で好きになって、毎日のように弁当を買いに来ては、二言三言話せるだけで嬉しかった。
それがひょんな事から”ひなた弁当”で働くようになって、居候して、恋人同士になって。この半年の間に、二人の関係は大きく変わった。

今は幸せで幸せで、怖いくらいだ。出来れば、遙とはずっと一緒にいたい。この幸せな生活を、出来るだけ長く続けたい。皇は真剣にそう考え始めている。
遙もまた、同じように考えてくれていたら、こんなに嬉しい事はない。想いをこめて、遙の寝顔を見ていると、小さくくしゃみをする。
そういえば少し肌寒く感じる。空調の設定温度が低いのかもしれない。

皇は遙がカゼをひかないように肌布団をかけると、空調の温度を上げようとリモコンを探す。だが、ベッドの近くにはない。
仕方なくベッドをおりて、いつもリモコンの置いてある遙の机まで行く。小さく明かりを点けて探せば、端の方に置いてある。手に取って設定温度を上げて、ふと机に開きっぱなしのノートを見てみる。

どうやら出納帳のようだ。何の気なしに、パラパラめくって見る。
「なんや、これ」
思わず、言葉がもれる。そのノートは”ひなた弁当”の毎日の売上や支払いなどを記入する現金出納帳なのだろうが、ほとんど書かれていない。これでは売上はもちろん、いくら儲けが出ているのかちっとも分からない。
…これは、ちゃんと訊いたほうがええな。
また元のようにノートを机に置いて、皇はベッドに戻っていった。

次の朝。いつもより遅い時間に起きて、遙の作った朝食を食べる。さすが元板前だけあって、焼き魚も出汁巻きの玉子焼きも、ミソ汁も文句のつけようのない味だ。
「王子、メシのおかわりは?」
「うん」
空になった茶碗を差しだせば、ニッコリ笑って2杯目をよそいでくれる。

「せや、大将。訊きたいコトがあんね」
「なんや?」
茶碗を受け取って、皇は昨夜机の上に開きっぱなしだった出納帳を見た事を告げる。
「あれ、”ひなた弁当”の現金出納帳やろ。なんも書いてへんかったけど」
「その通り」
遙は自分も2杯目を大盛りによそいながら頷く。

「店の売上やら仕入れやらは、一応俺が管理するコトになってんけど、どうも数字見てると、眠なってかなわんね」
豪快に笑って、どんぶり飯をかき込む。
「いや、笑いゴトとちゃうやろ」
皇は茶碗とハシを置いて、遙に向きなおる。
「”ひなた弁当”は掛売りはしてへんし、仕入れの支払いもほとんど現金やろ? ほな、なおのコト、現金出納帳はちゃんとつけなアカンのとちゃうか?」

「それは、そうやけど」
遙はそこで言葉を切って、
「ほな、王子がつけてんか?」
アッサリと言う。

「王子は集金を任しても、いっぺんも売上金や釣り銭を間違ごたコトあれへんしな。数字に強いんやろ?」
「そら、まあ」
「なら王子が、その”ゲンキンスイトウチョウ”つけてや。な」
「う…わかった」
遙にこんな風に人懐っこい顔で言われて、断れる皇ではない。

「けど、ホンマ、ええんか?」
もう一度だけ確認する皇に、
「ええも悪いも、俺は料理は得意やけど、数字は全然アカン」
遙は目元を緩めて手を伸ばすと、皇のほほについた飯つぶを取って自分の口に入れる。
「王子は数字が得意なんやろ? せやったら、お互い足りんトコを補いあえば、ええんとちゃうかな?」
「うん」
それを聞いて、知らず皇はほほを染める。遙の言葉が、自分とずっと一緒にいようという意味のように聞こえたからだ。

「なに赤くなってんね?」
「いや、なんも」
遙もまた自分と同じように、二人仲良く一緒に暮らしたいと考えてくれている。そう思うと、皇のほほの赤みはなかなかとれなかった。



皇が数字に強いのには訳がある。

皇の両親はそろって公務員、一人いる兄は銀行員をしている。皇は子どもの頃から、歳の離れた出来のいい兄と比べられて育った。”お兄ちゃんは優秀や。それに比べて、おまえは…”。ことあるごとに親にそう言われるのが嫌で、勉強もスポーツも、死にものぐるいで頑張った。
その結果、難関と言われる大学の経済学部に合格し、卒業後は外資系の証券会社に就職した。

皇はそこでも努力し続け、同期の中ではトップの成績をおさめるまでになっていた。
…これでもう、兄と比較されるコトもない、親からうるさく言われるコトもない。
当時の皇は豪奢なマンションに暮らし、オーダーメイドのスーツを着こなすバリバリのエリートだった。岡崎という恋人もでき、公私ともに充実した生活を送っていた。

だが突然、証券業界をおそった世界的な不況の嵐によって、皇の生活はもろくも崩れてしまう。
会社からリストラされ、職を失ったのだ。それでも皇は今までの自分のキャリアがあれば、次の職場も簡単に決まるとタカをくくっていた。
しかし、折からの不況のなか、学歴も高く、それにも増してプライドの高い皇が納得できる職場は見つからない。そんな情けない姿を知り合いに見せるわけにはいかず、マンションを引き払い安アパートに移って、岡崎や友人はもちろん、親とも連絡を断った。

生活のため仕方なく始めたバイトも、長続きしない。どこに行っても”必要のない人間”扱いされる。
そんななか、この”ひなた弁当”だけは、皇を必要としてくれた。皇の過去の経歴を訊くわけでもなく、真面目で体力がありそう、それだけの理由で雇ってくれた。いくら感謝しても、感謝しきれない。

遙の役に立ちたい。遙にとって必要な人間になりたい。
皇はますます、その想いを募らせていった。




  2012.09.29(土)


    
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