秋の深まりとともに竜次の体は回復していき、実践的なトレーニングを始めていいと、啓志郎からようやく許可がおりる。郷拳会でも相手にはこと欠かないだろうが、できれば総合格闘技のジムでトレーニングしたい。
竜次は何度も頭を下げて、以前所属していた団体のジムに再び練習生として通い始める。

団体側は最初、竜次が戻ってくるのにいい顔を見せなかった。それも無理はない。竜次はこの団体を解雇されたも同然の身だ。加えてケガで1年近いブランクがあるうえ、まるで体を細くして戻ってきたのだ。
肉体的にも精神的にも、年齢的にも竜次の復帰は難しいと、誰もが思っているはずだ。

しかし竜次は、周りの嘲笑を無視して黙々とトレーニングに励む。徹底した食事制限で確かに体は細くなったが、筋肉まで落ちたわけではない。萎えたのではなく、締まったのだ。おかげで前よりも体が動く。ひとつひとつの動きが速くて正確になっている。
同じ階級の選手はもちろん、やもすれば体重の重い上の階級の選手とも互角以上に戦える。

「啓さん!」
ジムから戻って、勢いこんで玄関を開ける。
「啓さん! いてんのやろ!」
大きな声で呼べば、奥の部屋から顔を覗かせる。

「なんや、うるさくして」
たしなめる啓志郎のもとに、大股で近づいて肩に手をかける。
「おい」
「決まったんや、試合が!」
慣れなれしい態度に険しい表情を見せる啓志郎を無視して、興奮気味に竜次が話した内容はこうだ。竜次が練習生として所属している団体は、年末に行われる総合格闘技のイベントを共同で催す。そのイベントに参戦できる選手の出場枠を持っているそうだ。

「さすがに団体推薦の枠はもらえへんけど、残りの一般出場枠を決める試合に、俺も出られるようになったんや」
無条件でイベントに参戦できる団体推薦とは違い、一般出場では下から順番に勝ち上がっていかねばならない。少ない枠を多くの選手と争うので、ブランクが長く回復途中の竜次にとっては厳しい状況だ。

それでもイベントに参戦できる可能性はゼロではない。復帰への足がかりが出来た事が単純に嬉しい。
「竜次、落ち着け。いっぺん離せ」
冷静に言われて、自分が啓志郎と前髪が触れんばかりに顔を近づけているのに気づく。
「かんにん」
急いで手を上げて、謝る。

「早(は)よメシにするで。手エ洗(あろ)てき」
「押忍」
いつもと変わらず落ち着いた声に、啓志郎は自分が一般出場枠を狙えるまでに回復した事が嬉しくないのかと、ふと思う。もちろん、無条件で参戦できる団体推薦枠をもらうのが一番なのだが、一般出場枠を得るのも、いやそれを争うメンバーに選ばれるのも難しいのだ。

・・・啓さんは格闘技の世界には素人やさかい、分かってへんのや。
手を洗い口をゆずぎながら、そう思う。だが竜次が夕飯の席についたとたん、啓志郎は冷蔵庫から缶ビールを持ってくる。
「啓さん、これ?」
ほとんどアルコールを飲まない啓志郎と、目の前に置かれた缶ビールとを見る。

「たまには、ええやろ」
自分も席について、啓志郎は栓を開ける。
「良かったな」
缶を目の高さまで上げて、ひと口。

決して派手ではない控えめな方法だが、啓志郎もまた自分の回復を喜んでいるのが分かる。
「押忍!」
それが嬉しくて、竜次は缶ビールをひと息で半分空ける。
「ハア、美味い」
思えば、アルコールを飲むのは久しぶりだ。強くもない。おまけに空っ腹で飲んだものだから、みるみるうちに顔が赤くなる。

「大丈夫か? ちょお、横になれ」
料理を食べても水を飲んでも顔の赤みがとれない竜次を、リビングのソファに寝かせる。
「効いたァ」
電灯の灯りが眩しくて、目を閉じる。閉じた瞼の裏でも、チカチカと光がまたたく。
「ったく、ビールも飲めへんのか」
口では厳しい事を言いながらも、啓志郎は絞ったタオルを持ってきて竜次の額に乗せる。

「もともと、あんまり強ないし、そう飲む方とも違うさかい」
口の中で言い訳をする。少しのアルコールで酔って介抱されるなんて、醜態だ。
「ホンマに、ガキやな」
「ガキとちゃう」
呆れたような啓志郎の口調が気に障る。

竜次はタオルを取って、啓志郎を見上げる。啓志郎もまた、顔を赤くしている。
「なんや、あんたも酔うてるやないか」
「うるさい。酔っ払いはじっとしとけ」
言って手を竜次の額に。温かくて柔らかい感触が心地よくて、思わず安堵の息が漏れる。

「気持ち、ええ」
「そうか」
「なんで、あんたの手は、こない気持ちええんやろな」
訊いて、目を見る。

「知らんわ」
つぶやいて、引こうとした手を反射的に握る。
「なんで握んね?」
「なんで、て」
もっと触れていて欲しいから。啓志郎の手で、もっと気持ちよくなりたいから。願望を正直に手が示しただけだ。

「俺はもっと、あんたに触れたいんや」
勝手に口が動く。だが偽りではない。
「アカンか?」
拒まないで欲しい。想いをこめて、啓志郎の目を見つめる。

「竜次」
握られていた手を、ゆっくりと竜次の手から抜く。
「おまえは酔うてる。俺も、酔うてる。・・・それで、ええなら」
酔いを理由にしていいなら、竜次と抱き合ってもいいと啓志郎は言っている。

「ああ。それで、ええ」
理由なんて何でもいい。啓志郎と抱き合えるのならば。
大きく頷いて、啓志郎のほほに手で触れる。啓志郎は竜次の手に自分の手を重ねて、ゆっくりと目を閉じた。



ベッドで抱き合う。何度も口づけをかわしながら、お互いの服を剥ぐように脱がせる。直に触れる肌の温かさをもっと感じたくて、強く抱きしめる。
「ん」
背中を胸を、性急にまさぐる。ひとつに束ねていた髪をほどいて、指をさしいれる。どこに触れてもどれだけ触れても官能的な感触に、うっとりと目を細める。

豊かな黒髪をかき上げて、白いうなじに口づける。
「んっ」
息を詰める反応が嬉しくて、何度も何度も口づけて、舌を這わす。
「竜次」
余裕のない声で呼ばれる。かまわず首筋から鎖骨、胸へと移動する。

まだ小さい柔突器を口に含んで、舌先で嬲る。
「んぅっ」
強く弱く刺激するうちに、硬い芯を持つ。芯を十分に濡らして、右も。
「は、あっ」
背筋が反る。浅い息に、時おり堪えきれない喘ぎが混じる。わざとらしくない控えめな反応に、たまらなく興奮する。

「なあ、気持ちええ?」
顔を上げて訊けば、上気したほほで小さく頷く。
「どこが好き? あんたのええトコ、全部触ったる」
「どこかて、ええ」
「ええコト、あるか」
どこに触れても、それなりの反応を見せる。だが竜次は満足できない。

「全然足りん。もっと、見たい。あんたが乱れるトコ、見たいんや」
自分の手で口で舌で、全てを使って啓志郎を気持ちよくしたい。自分が啓志郎で気持ちよくなっているのと同じくらい、いやもっともっと、気持ちよくなって欲しい。
深く強烈に感じて、自分の事しか考えられなくなって欲しい。自分が啓志郎の事しか考えられないように。

必死な面持ちの竜次の下で、啓志郎は艶やかに微笑む。
「おもろいガキやな」
「ガキと違う」
「あっ」
熱く変化している啓志郎を手で包み込む。上下に扱けば、すぐに湿った音をたて始める。

「ガキと違う。男や。今井竜次や」
啓志郎には、子ども扱いして欲しくない。一人前の、対等な男として認めて欲しい。
「あ、竜次」
甘い声だ。
「おまえも、一緒に」

「う、あ」
痛い程みなぎった竜次自身を柔らかく握って、上下に扱く。巧みな手の動きに、足先まで電流が走る。
「スゴ、い」
「ええか?」
何度も頷く。

「も、アカン」
「俺も」
これ以上ないくらい張り詰めたお互いを、強くこすり合わせる。
気持ちいい、スゴい、エロい、熱い、苦しい、もっともっと。

顔を寄せる。口を開けて待っている。熱く濡れた舌に自分の舌を絡めて、夢中で吸う。
「ん、も、アカン」
「い、イク・・・っ」
啓志郎が先に、すぐに竜次も、お互いの手に射出する。

「・・・あァ」
最後の最後まで快感をむさぼって、ようやく呼吸しはじめる。うすく目を開ければ、息も混ざる程近くに啓志郎の顔がある。
啓志郎もまた荒い呼吸を繰り返して、視線は定まっていない。長いまつ毛が、汗に濡れている。

・・・俺は、啓さんが好きなんや。
ふいに自覚する。好きでいとしく想うからこそ、ガキと呼ばず、一人前の男として認めて欲しい。
「啓さん」
声を出さずに呼ぶ。啓志郎はゆっくり竜次の顔に視線を合わせて、かすかに微笑む。
ほほを手で包む。目を閉じた啓志郎に顔を寄せて、重ねるだけの口づけをする。

温かくて、いとしくて、幸せで、胸が熱くなった。




  2013.11.23(土)


    
Copyright(C) 2011-2013 KONOHANA SYOMARU. All Rights Recerved.
inserted by 2nt system