面倒見がよく頼りがいのある優はまた、押しの強い性格でもあった。相手が断ろうと理由を探しているうちに、自分の意見を通してしまう。今でもそれは変わらない。
和桜がハッキリ断ったにもかかわらず、弓道の練習が終わったあとに居酒屋で一緒にビールを飲んでいる。

4人がけのテーブルに優と丸山は並んで座り、和桜は向かい側に座る。アルコールも入って開放的な気分になったのか、丸山は弓道場での分別のある態度ではなく、歳相応の甘えた顔を優に見せている。
「優さん。野菜食べな」
「食べてる」
「いや、食べてへん。はい、口開けて」
棒状に切られたニンジンを、優の口元に持っていく。

「アホか。この酔っ払い」
優は和桜の目が気になるのか、そう言うとニンジンを指でつまんでかじる。
「ちゃう。僕、まだ酔うてない」
「酔っ払いは皆、そう言うねん」
「違うて」
甘えた声で優の手元に顔を寄せて、持っているニンジンを素早くかじる。

「直喜。食べんのやったら、自分で食べ」
「ええやん。ケチくさいコト言いな」
「ホンマに」
ため息をつきながらも、優しく丸山を見つめている。

その様子を目の当たりにして、和桜の気持ちは冷めている。優と丸山は特別な関係で、歳の離れた優を丸山は頼りに思っていて、優もそんな丸山に戸惑う時はあっても、甘えた態度を許しているように、和桜には見える。
「和桜、かんにんな。こいつ、酔うたらいっつもこうやねん」
一人で黙々と飲む和桜に、優はすまなさそうに言う。
「さよか」
抑揚のない声で答えて、ビールをもうひと口。苦ばかりが舌に残って、少しも旨みを感じない。

「汀さんは、優さんの高校の同級生やて言うてはりましたよね」
ビールのお代わりを注文して、和桜に訊く。
「高校時代のこの人て、どうでした?」
「どう、とは?」
何が訊きたいのか。想像はつくが訊きかえす。

「モテてモテて、悪いコトばっかりしてたんと違います?」
「アホか。なに訊いてんね」
やんわりと制する優にかぶりを振って、丸山は言う。
「せやかて、あなた昔の話とか、ちっともせえへんし」
「誰かて聞かれたくないコトの一つや二つ、あるやろ」
「へえ。そら、ますます聞きたいなあ」

「優は、」
口を固く結ぶ優と、拗ねたように口を尖らす丸山の顔を交互に見て、和桜は落ち着いた声で言う。
「真面目で頼りがいのあるヤツでした。ほとんど変わってへん」
和桜の言葉に少しは納得したようだが、丸山の追及は続く。

「つき合(お)うてた人は? 知ってます?」
「直喜。おまえなあ」
息を吸ったところで、携帯電話の振動音がする。どうやら優にかかってきているらしい。優は内ポケットから携帯電話を取り出し、発信元を確認して部長やと苦々しくつぶやく。
「和桜、余計なコト、言いなや」
クギをさしておいて、携帯電話を持って店から出る。

「仕事の電話やな」
半分は詰まらなさそうに、半分はホッとしたように丸山は言って、グラスを傾ける。
「しつこい聞き方してしもて、すみません」
優が中座して少しは冷静な気持ちになったのか、しおらしい声で謝る。
「呆れました?」

「いえ」
気持ちと反対の言葉が出る。和桜の言葉に、丸山は小さく笑う。
「汀さんはもう、気づいてますやろ。僕と優さんの関係」
「さあ」
「恋人同士なんです、僕ら」

優は丸山を”こいつ”と呼び、丸山は優を”この人”と呼んだ。他にも特別な関係である事を感じさせる濃密な空気が、優と丸山の間にはあった。恋人同士だと告げられても、驚きはしない。やはりと思う。
ハッキリと言い切った丸山の顔を、和桜は無表情で見る。

「僕と優さんとは歳も離れてるし、仕事でもプライベートでも、ほとんど重なるトコはない。唯一、弓道だけが、共通項なんです」
それはそうかもしれない。
「あの人、あけすけなようでいて、実は秘密が多くて。学生時代の話とか、全然してくれへんのです」
恋人の丸山には、優のそんな所がもの足りないのだろう。寂しげな目で言って、またグラスを傾ける。

「そのコトは、あまり深刻に考えんといても、ええんと違いますか」
丸山より長く生きている分、優はいろんな経験をしているはずだ。いい思い出ばかりでもなく、なかには思い出したくない事、忘れたい事もあるだろう。
和桜には優の気持ちがよく分かる。

「丸山さんも知ってのとおり、優は相手に気イつかうトコ、ありますやろ」
「はい」
「たとえ過去の話とはいえ、キミを不安にさせる話は、聞かせたくないんと違いますか」
和桜の言葉を、丸山は目を伏せてじっくり考えている。伏し目にした時の長く密集したまつ毛もまた、藤枝に似ている。

「そう、かもしれません」
しばらく黙って、ようやく頷く。
「実は僕自身、優の過去は知りません。確かに僕と優は高校の同級生で同じ弓道部員でしたが、卒業してから最近再会するまで、まったく音信不通やったんです」
え、と意外そうな顔を見せる。

「あなたと優さんは下の名前で呼び合(お)うてるし、仲もええさかい、てっきり」
「ああ、かなわん」
そこに、優が戻ってくる。
「また部長にムチャ振りされそうや。ったく、俺は魔法使いと違うっちゅうねん」
ぶつぶつ言いながら、残ったビールをひと息にあおる。

「あ、話の邪魔したか?」
会話をとめて自分を見つめる和桜と丸山の視線に気づく。
「なに話してたんや?」
「弓道の話」
ニッコリ笑って、丸山は言う。
「汀さん、早(は)よ上達したい言わはって」

ウソをつくのは、優に自分の不安を知られたくないからだろう。和桜もあいまいに微笑む。
「せや、汀さんの連絡先、教えといてくれます?」
「…ええですよ」
須臾考えて、携帯電話の番号とメールアドレスを交換する。

「和桜、良かったんか? こいつ、ウザいくらいメールしてくるで」
「それは、優さんが返事くれへんから」
「あんまり和桜に迷惑かけたらアカンで」
「わかってるて」

「僕、そろそろ帰らな」
腕時計で時間を確かめるフリをする。
「今晩中に片さなアカン書類があんの、忘れてたわ」
もちろん、この場を離れるための口実だ。

「そうですか」
「そうなんか」
ロコツに顔を輝かせた丸山と違い、優は心底残念そうな顔を見せる。
「けど、仕事ならしゃあないな」
「キミらはゆっくりしていったらええ」
立ち上がって、コートを持つ。

「ほな」
自分の分の食事代をテーブルに置いて、出入り口へと歩く。
「おい」
そのあとを優が追って来て、一緒に店の外に出る。

「和桜。今夜はオゴるて言うたやろ」
テーブルに置いた飲食代を返そうとするが、やんわりと押し返す。
「また今度。オゴってや」
「また今度、て」
困り顔で和桜の顔とお金とを交互に見る。

「なんぞ、直喜が言うたんか?」
和桜が先に帰るのは、自分が中座している間に丸山と何かあったからではないかと、優は心配しているようだ。
「いや」
わざわざ告げる程の事でもない。首を振っておく。

「コッチが誘たのに、かんにんな」
「別に、不愉快な思いをしたさかい帰るんと違う」
「ウソや」
まっすぐに見つめられて、言葉に詰まる。

「おまえが感情表現に乏しいのは今に始まったコトと違うけど、嫌なら嫌て言うてええんやで」
「強引に誘といて、なに言うてんね」
苦く笑う。優もつられて笑う。

「けど、ホンマ。またおまえの弓道衣姿が見られて、嬉しい」
「僕も」
弓道衣を着て力強く弓を引く優の姿から、目が離せない。高校の時からそうだ。
「優が弓を引くトコ見るの、好きや」

「好き?」
優の語尾が上がる。が、弓を引く姿が好きだと言っただけで、それ以上の意味はない。それ以上の意味を含ませてはいけない。
「ほな。深酒しなや」
「ああ」

頷く。視線が、合う。優の目に、いつか見た情熱の色がきらめいたような気がする。
「…ほな」
胸が苦しい。つぶやいて、背中を向ける。大またでゆったりと歩いて行く。だが、背中にはまだ、優の視線を感じる。

…恋人がいてるくせに。
たとえようもなく優しい目で、情熱を感じる色で、自分を見る優の真意を計りかねている。
歩みを緩めて、肩ごしに後ろを振り返る。優はまだ、戸口に立って見送ってる。

…かんにんしてや。
和桜は背筋を伸ばすと、さらに大またで店から遠ざかっていった。




  2014.05.07(水)


    
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