男子校である阪南学院高校は伝統ある進学校だ。ほとんどの卒業生が大学に進学し、名の通った企業へと就職する。文武両道の校風のもと、勉学もそうだが部活動も奨励されていて、在校生は何らかの部に所属しなければいけない。

新入生に対する学校説明会でそう聞かされて、和桜は戸惑う。和桜がこの高校を選んだのは難関大学へ進学するのが目的なので、勉強以外に時間をとられたくない。どこか適当な部に入って、お茶を濁そう。

そう考えて説明会場の外に出れば、上級生による部活動紹介の場が設けてある。入学したてで右も左も分からない新入生を一人でも多く獲得したいのだろう。派手な勧誘合戦が繰り広げられている。
和桜はその間をゆったりと歩く。

歩いていく和桜を、上級生は惚けた表情で見送る。高校に入学したばかりの和桜は、まだ少年の幼さが残るしなやかな体つきに、透けるような白い肌、一重で切れ長の目に赤い唇と、清冽な容姿をしている。
男子校に間違って女の子が入学したのではないかと、二度見する者までいる。

「おい。そこの新入生」
すいすい歩く和桜に、声がかけられる。無視して行こうとすると、目の前に大柄な上級生が数人、立ちはだかる。
「おまえや、おまえ」

「僕ですか?」
顔を見上げる。坊主頭で強面の集団だ。白い道着を着けている。
「せや。おまえ、うちの部に入らへんか」
「なに部です?」
「柔道部や」

「けっこうです」
胸を張って答える上級生の横を通って行こうとする。
「ちょお待て」
「けっこうですて、なんや」
和桜の態度が気に障ったのか、回り込んで行かせまいとする。怖くはないが困った事になったと、足をとめる。

「柔道しとったら、イザっちゅう時に自分の身を守れるようになるで」
「おまえはイザっちゅう時が多そうやさかいな」
下品な声をたてて笑う。
そんな事は余計なお世話だし、第一やり方が気にくわない。ハッキリ断ろうと口を開きかけた瞬間、
「まあまあ、先輩」
目の前に、大きな背中が現れる。

「強引な勧誘は無粋でっせ。それに、こいつは弓道に興味があるて言うてましてん」
「弓道に」
明らかに上級生の顔色が変わる。
「弓道部なら、しゃあない」
そして、そそくざと行ってしまう。

「大丈夫か、汀くん」
振り向いて心配そうな顔をするこの男に助けられたようだが、どうして自分の名前を知っているのか、腑に落ちない。
「キミは?」
「え? 知らんの? 同じクラスの梅上優や」

「さよか」
そういえば、他の新入生より頭ひとつ長身の男が、同じクラスにいたような気がする。
「ほな」
だが、自分には関係ない。そのまま行こうとする。
「ちょお」
その和桜の腕をとって、行かせまいとする。

「おまえ、助けてもろて、お礼もなしか」
「助けてくれて、頼んだ覚えはないさかいな」
掴まれた腕と男の顔とを交互に見て、和桜は言う。
「可愛い顔して、キツいコト言いよるな」
ニッコリ笑う。

白い歯がまぶしい。人懐っこいその笑顔に、和桜の胸にさざ波が立つ。
「まあ、ええわ。それより、ホンマ弓道部に入らへんか?」
「なんで弓道部に?」
「俺、中学の先輩から弓道部員勧誘せえて、厳しく言われてんね」
「なんや。結局、キミも勧誘か」
「ま、せやな」
簡単に認めたのが可笑しくて、和桜は小さく笑う。
それが優との出会いだった。

柔道部の勧誘をしてきた上級生が、弓道部と聞いて引き下がった理由はすぐに分かる。阪南学院高校の弓道部は関西でも屈指の強豪で、専用の立派な弓道場まで持っている。この弓道部に入りたくてわざわざ入学する、優のような生徒も多い。

なりゆきで始めた弓道だったが、和桜はすぐにその魅力にとりつかれる。もちろん競技なので競う相手はいるのだが、それよりも自分の集中力や持久力が大きく戦績に関わるところが、自分の性に合っていると感じる。

それに、同じクラスの優が弓道部員である事も大きい。最初に抱いた印象どおり、優は明るくてハッキリとした性格の持ち主で、なにかと面倒見がいい。中学の頃から弓道を続けているので、初心者の和桜に手取り足取り丁寧に教えてくれる。

優もまた、整った顔立ちで冷静な言動の和桜が、自分には頼ってくるのが嬉しいのだろう。いつの間にか”優””和桜”と、下の名前で呼び合う間になっている。
「和桜。また馬手のヒジが下がってる」
「ああ」

「ホンマ。和桜はなかなかそのクセ、直らんなあ」
そして、もう一人。下の名前で呼び合う相手がいる。栗色の髪に大きな目、くるくると表情の変わる愛らしい顔立ちをした同級生、藤枝だ。
「優がなんぼ言うても、アカンな」

「香太郎。そう言いな」
「おまえかて、足の開き、いっつも直されてるやないか」
「せやったか」
和桜の反論に、明るく笑う。

冷静で大人びた和桜、頼りがいのある優、それに明るく愛らしい藤枝の3人は、弓道部内だけでなく校内でも目立った存在だ。見た目も性格もてんでバラバラの3人だが、何故だかウマが合い、一緒に過ごす時間が多い。

そして、3人で楽しい時間を過ごしている時も、同じ教室にいる時も、弓道場にいる時さえも、和桜の視線の先には優がいる。
優に名前を呼ばれ、笑いかけられ、近くに立って弓を引く形を手づから直されると、心臓が踊る。胸が熱くなる。
いつの間にか、そうなっている。

…なんなんやろな。この気持ち。
一人、図書館で勉強をしながら、和桜はまったく別の事を考えている。自分は優が好き。藤枝も好き。だが、同じ好きでも意味が違う。優への好きは特別で、甘くて苦しい感情だ。
…これが、恋、なんか。
窓の外を見る。暗く灰色の雲がぶ厚くたちこめて、今にも雨が降り出しそうだ。天気予報では曇りと言っていたが、用心深い和桜は傘を持って来ている。楽天的な優は持って来ていないだろう。傘を理由に、一緒に帰ろうと声をかけようか。

「和桜。ココにいたんか」
考えていると、後ろから声をかけられる。藤枝だ。
「捜したで」
図書館の中でもおかまいなしの明るい声に、周りから非難の視線が飛んでくる。

「出よか」
そそくさと片づけて、藤枝を伴って図書館から出る。
「捜してたて、なんや用事やったんか?」
「う~ん」
訊けば、言いよどむ。何でもハッキリ言いすぎるきらいのある藤枝にしては珍しい反応だ。
「ちょお、コッチに」
そして、和桜の手をとって、図書館の裏手に連れてくる。

「あんな、相談が、あんね」
人目のつかない場所まで来て、ようやく口を開く。
「相談?」
「せや。こんなコト、和桜にしか相談でけへん」
大きな目で、まっすぐ見つめる。そのほほは、心もち上気しているように見える。嫌な、予感がする。

「実はな、僕…優が好きなんや」
一瞬、何を言っているのか、分からない。藤枝が…藤枝も、優が好き。予想もしていなかった藤枝の告白に、和桜は表情をこわばらせる。
「あ、もちろん、和桜も好きや。けど、優に対する気持ちは特別なんや」
自分も同じだ。

「…なあ、ビックリした? なんぞ、言うて」
反応のない和桜に焦れたのか、藤枝は腕を掴んで揺する。
「ああ。驚いた」
やっと、言葉が出る。低い声だ。

「男同士で好きやなんて変かもしれんけど、真剣なんや」
藤枝の目は、ウソや冗談を言っている目ではない。緊張で泣きそうな表情になっている。
「なあ。和桜から見て、優は僕のコト、どう思てるように見える?」

「それは」
無邪気で、残酷な質問だ。
「きっと嫌いやない。好きや」
その質問に正直に答えたのは、藤枝もまた和桜にとって特別な人間だからだ。優とは違うところで、大事な存在だからだ。

「そう見える?」
とたんにパッと顔が輝く。自分にはない素直な感情表現が藤枝の魅力のひとつだ。優も好ましく思っているはずだ。
「けど、LIKEとLOVEと、どっちやろ?」

「直接、訊いたらええ」
「えっ」
言葉を詰まらせる藤枝の顔に、雨粒が落ちてくる。
和桜は空を見上げて、
「きっと優は傘持って来てへんやろ。おまえ、一緒に傘に入って、帰る道々訊いたらええ」
「けど僕も、傘持って来てへん」
「僕の、貸したる」

「ホンマ? おおきに」
ニッコリ笑った藤枝と下駄箱の前まで行く。優が来るのを待って、藤枝に傘を渡す。
「早(は)よ行き。あいつ、走って行ってまうで」
「うん」
頷いた藤枝の背中を押す。

藤枝は優のもとに駆け寄る。傘を出してひと言ふた言交わす。そして、同じ傘に入って行ってしまう。
自分は弱い雨に打たれながら、和桜は遠ざかっていく背中を一人見送っていた。




  2014.05.10(土)


    
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