事情は説明しておいたからと有間に言われ、居酒屋を出たその足でタクシーを拾って、マンションに
向かう。
「はい、着きましたで」
「おおきに」
料金を払ってタクシーから降りる。そのマンションは虎央が想像していたものよりずっと豪奢な造りで、
大きな車寄せのある立派なエントランスに、一瞬、気後れしてしまう。
もちろんオートロック式だ。ひとつ自動ドアをくぐって、教えられた部屋を呼び出す。

「はい?」
「あ、次野ですが」
「どうぞ」
相手は短くそれだけ言うと、通話は切れて、かわりにもうひとつ奥の自動ドアが開く。

中に入ればホテルのように清潔で、高い天井のロビーへと続いている。観葉植物に来客用のソファ、
おまけに談話室や集会場まである。
そんな設備にいちいち驚きながら、ロビー奥のエレベーターに乗り込み、10階を押す。

最上階の10階まで一気に昇って、エレベーターを出る。部屋を探せば、一番奥の角にあるようだ。
もう一度、部屋を確かめて、呼び鈴を鳴らす。ほどなく、中からドアが開けられる。
チェーンロック越しに顔を覗かせたのは、長身で目鼻立ちの整った若い男だ。
「夜分遅くに、すまんな。有間署長からの紹介で」
「どうぞ」
ニコリともしないで、チェーンをはずしてドアを開ける。

有間は事情は説明しておいた、と言っていたが、それなら自分が明日から同じ隊の副隊長に
なる事も知っているはずだ。
なのに、愛想笑いのひとつもない。もともとそういう性格なのか、それとも当世の若者は皆そう
なのか。
玄関で靴を脱ぎながら、虎央は苦笑いする。

そして、ふと思いあたる。
「あ、おまえ。今朝の」
「え?」
リビングへと続く廊下を先に歩く男は、立ち止まって、虎央の方に振り返る。

「今朝、署の前で会(お)うたな。ケータイかけてくれて、お願いして」
こんな目立つ男、見間違えるはずはない。
「…ああ」
男はしばらく考えて、ようやく思い出したようだ。
「今朝の、お節介なおっちゃんか」

「お節介? おっちゃん?」
何故だか、男の言い方にカチンとくる。
確かに自分は35歳。若い男にしてみれば”おっちゃん”だろう。”お節介”と言われても、性分だから
仕方ない。
だが、同じ救助隊に所属する者同士、もう少しほかの言い方もあるだろう。それに、困っている人を
見過ごして行ってしまった、この男の態度を思い出して、ますますムカッ腹がたってくる。

「おまえ、仮にも救助隊員やったら、あすこは助けなアカンのと違うか?」
「なんでです?」
無表情だった男の目に、イライラとした感情が表れる。
「僕の見たところ、あの人はそれほど切羽詰った状況とも違いましたし。それに時間どおり、キチンと
行かな、ほかの救助隊員に迷惑かけるかもしれませんやろ」
確かに、この男の言い分にも一理ある。訓練を受けた救助隊員は他の消防吏員で代用できるわけ
ではなく、ひとりでも欠ければ周りに多大な迷惑をかけかねない。
だから、時間どおりキチンキチンと行動し、常に居場所を明確にしておく必要がある。

だが、理路整然とおキレイな顔から吐かれるその言葉が、虎央は気に食わない。
「困ってる人がおったら、見過ごせんやろ。救助隊員やったら、特にそうや」
その虎央に、小さく吐息をついて、
「あんた、古いな」
「はあ?」
「精神論で勤まるほど、特別救助隊は甘くない。わかってますやろ? それとも本気で言うてんの
でっか?」

「な、」
怒鳴りつけて、レスキュー魂をイチから説明してやろうかと息を吸ったところで、大事な事を思い
出す。
この男は大恩ある有間の知り合いで、しかも住むところに困っている自分のために、有間が
同居の便宜をはかってくれた相手だ。

ここで感情がこじれてしまっては、有間の顔にドロを塗りかねない。
それに、明日から同じ職場同じ隊で働くのに、障るかもしれない。

「と、とにかく」
何度も大きく深呼吸して、気持ちを静める。
「有間署長から聞いたとおり、しばらくやっかいになるさかい」
「…そうですね」
有間の名前を聞いた瞬間、男の表情が一瞬なごむ。

「俺は、次野虎央や」
「弓立朱鷺です」
虎央の出した右手を、朱鷺と名乗った男はおざなりに握って、すぐに離す。

…生意気なガキや。
ともあれ、虎央と朱鷺の出会いは、最悪だった。




  2012.01.07(土)


    
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