マンションまで歩いて戻る。玄関を自分のカギで開けて入れば、すぐに朱鷺が姿を見せる。
「ただいま」
一瞬、なんと声をかけようか迷うが、わざとらしいくらい明るい声でそう言う。

「おかえりなさい」
だが朱鷺の声は、いつもと変わらない。なんだか拍子抜けしてしまう。
「退院まで付き添えんで、すんませんでした」
「かまへんね。ただの打撲やし。それに、おまえ勤務中やったしな」
「はい。あの、腹へってまへんか?」

そう言えば、ゆうべから何も食べていない。思い出したとたん、腹の虫が鳴る。
「焼き飯作っといたんで、食べません?」
「せやな。おおきに」
虎央が自分の部屋で着替えをしている間、朱鷺は焼き飯を温めなおしたようだ。
リビングに入れば、香ばしい匂いがする。

「どうぞ」
イスに座れば、大盛りに皿によそった焼き飯とレンゲとが出てくる。これなら左手でも食べられる。
「おおきに。いただきます」
そんな朱鷺の気遣いが嬉しくて、礼を言って食べ始める。
「おまえも食うとけ」
ひとりで食べるのが申し訳なくて、朱鷺にも食べるよう促がす。朱鷺は頷いて、自分も皿に大盛りに
よそって、虎央の向かい側に座る。

食べながら、ケガの具合や明日からの訓練内容が変更になった事など話す。それを聞く朱鷺の顔は
いつもと同じ、冷静でほとんど表情がない。
…なんや、こいつ。平気な顔して。
なんとなく、朱鷺のとりすました顔が気にくわない。冷静でおキレイな仮面をはいで、朱鷺の本音が
見てみたい。

「俺、フロ使いたいんやけど」
「はい」
「背中、流してくれへんか?」
「はい。えっ」
驚いて顔を見る朱鷺に、にんまり笑う。朱鷺はみるみるうちに耳まで真っ赤にして、そして、小さく
頷いた。



浴槽にお湯を張って、先に虎央が入る。だが、朱鷺は脱衣場に立ったまま、なかなか入ってこようと
しない。
「早よ入って来(き)い。消防署では何べんも入ってるやないか」
消防署には夜勤の消防吏員が使えるよう、大きな風呂がある。もちろん、他の隊員と一緒では
あるが、朱鷺と使った事もある。
「なに恥ずかしがってんね」

「失礼します」
ようやく意を決したのか、朱鷺はタオルで前を隠して入ってくる。
「ほな、頼むで」
そんな朱鷺の様子をニヤニヤ笑いながら、虎央はイスに座って背中を向ける。

「痛かったら、言うてください」
朱鷺はタオルを手早く泡だてて、首の後ろから洗い始める。打撲した右肩は避けて、左肩、背中、
腰と、順に洗っていく。
そのうち、朱鷺の息づかいが、だんだん早くなっていくのがわかる。

「弓立」
自分の肩ごしに、振り返る。朱鷺は眉を寄せて、泣きそうな顔をしている。
「どないした?」
「アカン。もう、かんにんしてください。も、苦しくて、僕」
言うなり、虎央の首を後ろから抱きしめる。背中に朱鷺の裸の胸が、じかに押しつけられる。重くて
早い朱鷺の鼓動が、虎央の胸まで直接響く。

「ちょお、いちびり過ぎたな。かんにん」
一緒にフロに入る事を、ほんのいたずら心で始めたが、朱鷺には重大な出来事だったらしい。虎央は
気がとがめて、自分の胸の前に組まれた朱鷺の腕に、左手を優しく重ねる。
と、熱く起立した朱鷺自身が、虎央の腰をつつく。
「朱鷺」
苗字ではなく、名前を呼ぶ。より近く、強く、深く、朱鷺を感じたい。

重ねていた左手を動かして、朱鷺の頭に置く。首をめぐらして、頭を引き寄せる。顎をあげて、朱鷺の
唇を見つめて、目を閉じる。
それで、ようやく朱鷺は唇を重ねてくる。だが、触れるだけのキスが、何度も繰り返されるだけだ。

虎央は焦れて、自分の舌で朱鷺の歯をなぞる。
「…っ」
とたんに、朱鷺は顔を離す。
「おまえ…」
「い、嫌とちゃうんです。ただ、驚いて」

「知らんのか、こういうコト?」
訊けば、小さく頷く。
どうやら朱鷺は、こういう行為に慣れていないようだ。
「オンナも、オトコも?」
「はい」

派手な外見をしていても、朱鷺は純情なまま過ごしてきたようだ。
ならば、それなりの接し方がある。
「ほな、俺が、教えたる」
朱鷺の腕をほどいて、一緒に立ちあがる。
浴室の壁に朱鷺の背をあてる。

「キスも、それ以上のコトも、全部」
親指の腹で、朱鷺の唇をなぞる。朱鷺は薄く、口を開く。
「全部、教えたる」
言って、ゆっくり自分から唇を重ねる。開いた唇の間から舌をさし入れ、朱鷺の舌を探る。
舌の表面をなぞり、絡めて、甘噛みして、強く吸い上げた瞬間、
「…ん、んぁっ」
朱鷺は体を固くする。どうやら、キスだけでイってしまったようだ。ヘソの下にあたる朱鷺自身が、
ビクンビクンと何度かえずいて、白濁した粘液を虎央の胸まで飛ばす。

「気持ち、ヨカったか?」
訊けば、射出した後の上気した顔で頷く。
「まだ勃ってるな? 今度は、一緒に…」
朱鷺の手を取って、自分の股間に導く。そこには朱鷺の痴態にあてられ、半分頭をもたげた虎央
自身がある。

「俺の、握って」
耳元で囁けば、おずおずと握ってくる。
「そう。ゆるく、扱いて」
握った手の形のまま、上下に動かし始める。弱い電流がそこから流れて、心臓の鼓動を早くする。

「あ、う…ん」
いまだ角度を保つ朱鷺自身も、同じように扱く。
「これ、ええか?」
「うっ、あ。ハァ、ああ」
「朱鷺」
朱鷺のあえぎ声を吸い取るように唇を重ねれば、すかさず舌を入れてくる。さっき虎央がしたように、
舌で虎央の快感を押し上げていく。

「ん、んん…」
手の中の朱鷺は、最大限まで張り詰めている。虎央自身もまた、朱鷺の手によって爆発寸前に
なっている。
「も、アカン。出そう」
「俺もや。イキそう」
「副隊長、次野さん…」
「虎央や」
「虎央さんっ! ああっ! も、アカン、ホンマ、あっ、ああっ!」
「朱鷺!」

その瞬間、蓄積された莫大なエネルギーが、小さな出口からいっせいに射出される。
大きな快感をともなって射出された粘液は、朱鷺の顔に飛び、胸に飛び、腹に留まる。ほぼ同時に
射出された朱鷺の粘液も、2度目とは思えないほど大量に虎央の胸に飛ぶ。
「あ、あぁっ」
「くぅ…」

ギュッと内股にこもっていた力が抜ける。言葉は出ず、ただ荒く空気をむさぼるだけだ。
「あぁ」
朱鷺の顔を見れば、壁に頭をもたれかけている。
「朱鷺」
耳に口づけて、軽く耳朶を噛めば、細く目を開けて虎央を見る。

…コイツ、こんな色っぽい顔も、すんのや。
ふいに、胸が高鳴る。誰かと快感を共有したのは、ほんとうに久しぶりだ。
だから、今は朱鷺がいとおしい。
そんな想いのこもった虎央の優しい目を見て、朱鷺はうすく笑った。




  2012.01.21(土)


    
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