隊長命令で朱鷺とバディを組まされたのはいい。確かに、自分は最新デジタル資器材の扱いが
苦手で、朱鷺の方が優れている。それは認める。
だが、同じ隊にいても同居していても、いっこうに歩み寄る気配もない朱鷺と、どうつき合って
いけばいいのか。
「う~ん」
虎央は頭を抱える。

と、机に置いた携帯電話がメールの受信を知らせる。見れば有間からだ。
開いてみれば、朱鷺との同居生活に慣れたかというメールが、絵文字入りで来ている。
「なんや、これ」
思わず、プッと吹き出してしまう。とてもじゃないが、70近いオヤジのメールには見えない。
そう言えば、有間は朱鷺を知り合いの息子だと言っていた。

…せや、有間署長に相談してみよか。
虎央は携帯電話を握ると、さっそく有間に連絡をとった。

次の日の夜。
待ち合わせした時間に少し遅れて店に入ると、有間はすでに来てカウンター席に座っている。
「すんません、遅なって」
「かまへん」
隣に座れば、すぐにビールが出てくる。

「急いで来て、ノド乾いてるやろ」
「ほな、1杯だけ」
グラスを合わせて、ひと息に飲んでしまう。あとはいつもどおり、ウーロン茶だ。

「仕事が終わっても、深酒せんのか?」
「はい。いつ出動要請があるんか、わかりませんし」
「真面目やな」
「性分ですねん」
照れたように笑う。

「ところで、弓立のコトで、なんや相談があるとか」
「はい」
虎央は膝をそろえて座りなおすと、朱鷺と同居してそろそろ2ヶ月が経つのに、生活がチグハグな
ままでいる事、それに隊長命令でバディを組んでも、なかなか歩み寄れない事などを、つつみ隠さず
話す。

「ホンマはもっと、年上の俺が譲歩せなアカンのですけど、どうにもあいつ生意気で」
「生意気、か」
「はい。こっちは良かれと思て手をさし伸べても、ピシャリと拒否するような。人の言うコトは聞く耳
持たんて態度がありありで、腹たつんですわ」
ウーロン茶を少し飲んで、
「もう少し、信用してくれたら、ええのに」

「その通りやな」
有間は虎央の言葉を否定しない。だが、全面的に肯定しているわけでもなさそうだ。
「有間署長は、あいつを昔から知ってはるんでっか?」
黙ってしまった有間に、訊いてみる。

「こないだ、知り合いの息子やて話したな」
「はい」
「次野。10年前、阪神高速1号環状線の事故、覚えてるか?」
「え」
思わず、有間の顔を見る。

「12月24日の、大江橋付近でおこった事故、ですやろ」
有間は大きく頷く。
その10年前の事故は、虎央にとって忘れられない現場だ。



その日、虎央は事故の一報を請け、仲間の消防隊員とともに出場した。
雨がミゾレにかわり、道路はスリップしやすい状態になっている。渋滞していた車の列に、制御を
失ったトラックが接触した事故だと聞いていた。
現場に向かう緊急車両の中で、手がかじかまないよう、何度も開いたり閉じたりしたのを覚えている。停まっている車に、トロトロやってきたトラックが追突しただけの、そんな事故だろうと、気楽に考えて
いた。

しかし現場が近づいて事故の詳細が明らかになるにつれ、虎央の顔色は変わる。
追突したトラックが前の車3台をつぶして、壁に激突している。3台のうち、1台の車が特にひどく
つぶれている。

その車の中には、とり残された人が。
「要救助者発見! 事故車内に2名!」
辺りにはガソリンの臭いが立ち込めている。一刻も早く車から救出しなければならない。
だが、大きくひしゃげたドアは開かない。カッターでドアを切断しようにも、火花が散ってガソリンに
引火したら、爆発炎上の危険性がある。特別救助隊の到着を待つ余裕はない。
「ほな、ガラスを破って進入します!」

虎央は乗用車のリアガラスをハンマーで砕いて、どうにか車内に顔を突っ込む。
「大丈夫でっか!」
運転席に男性が、助手席には女性がいるが、どちらも頭から血を流してピクリとも動かない。呼び
かけにも応じない。

なんとか肩を入れ、手を伸ばして首から脈をとる。微弱ながら、脈を感じる。
「生きてます! 早よ車外に!」
だが、つぶれた車体に足がはさまっていて、すぐには救出できない。
「早よ!」
酸素マスクで呼吸を確保する。車の外でも中でも、必死の救出活動が続いている。しかし、
どんどん脈は弱くなっている。

リアシートには、きれいにリボンがかけられた大きな包みがある。きっとこの男女は夫婦で、
今から子供にクリスマスのプレゼントを渡すところだったのだろう。
「頑張れ!」
虎央は声を限りに叫ぶ。
「頑張れ! プレゼント、渡すんやろ! 子供が、待ってるんやろ! 頑張れ! 頑張ってくれ!」

だが、この夫婦が目を覚ますことは、二度となかった。



すっかり氷が溶けてぬるくなったウーロン茶を、虎央はひと息に飲む。
「俺は、あの事故がキッカケで、レスキューに進もうて、決心したんです」
救えたかもしれない命が、目の前でこぼれ落ちていくのを、もう見たくない。もう、そんな悔しい
思いはしたくない。
そう切望して、救助隊に志願した。虎央が25歳の時だ。

「うん」
虎央が救助隊に志願した経緯は、有間も知っている。
「その時亡くなった夫婦な、弓立の両親なんや」
「ホンマでっか?」
有間の顔を凝視する。

「俺の大学の先輩でな。先輩が亡くなった時、弓立はまだ中学生やった」
事故で両親を亡くした朱鷺を、親身になって面倒を見たのは有間だ。
「そう、やったんですか」
「あいつは早い段階で消防吏員になることを、レスキューの道に進むことを決めてたみたいや。
あいつはあいつなりに、信念を持ってる。けっして、いい加減な気持ちと違う」
「それは、わかってます」

いつの間にか、有間のグラスは空になっている。虎央はもう1本ビールをもらうと、有間のグラスに
注ぐ。
有間はグラスを持って、半分飲む。
「不思議な縁やな、おまえら」
「そうですね」
虎央は自分もグラスをもらうと、ビールを注いでひと息に飲む。

「弓立は、ナリは一人前やが、精神的にはまだまだ子供や。早くに親を亡くして、どこか満たされん
まま、成長したのかもしれん」
「ほんで、有間署長は俺に弓立と同居せえ、と」
「せや」
残りの半分を飲む。

「とにかく、次野も遠慮せんと、バンバンいけ。一緒に酒でも飲んで、本音を引き出せ」
バンバン肩を叩いて、
「次野と弓立、おまえらが一緒におることで、おもろい化学反応がおこったらええな」
最後に、にっこり笑ってそう言った。




  2012.01.11(水)


    
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