翌朝6時半に起床した後、7時半に朝食。それから、勤務交代前に車両や資器材の点検を行って、
ようやく8時半の大交替となる。
幸いゆうべは災害発生の入電もなく、次の部隊への引継ぎは順調に終わる。

ロッカーで着替えた虎央は、朱鷺と歩いてマンションへと戻る。
「ゆうべは、ほんま静かな夜やったな」
「ええ」
戻る道々、朱鷺に話しかけるが、どこかうわの空で生返事しかしない。

「具合が悪いんか?」
「いえ」
顔色のすぐれない朱鷺を心配して、虎央はそう訊くが、それにも硬い返事しかしない。
「なんや、また”甘えた”が出てんのかいな」
マンションのカギを開けて、中に入る。
「ホンマ、どっしょもない、」
ドアが閉まった直後、朱鷺はきつく虎央を抱きしめ、強引に唇を重ねる。

「…ん、んんっ」
舌を虎央の口腔に差し入れ、自由に動かす。
いきなりの、しかも激しいキスに虎央は驚いたが、やがて目を閉じて朱鷺の舌を味わう。
「ん…」
朱鷺の舌は生き物のように巧みに動いて、虎央の劣情を煽りたてる。

長い長いキスの間に、虎央は朱鷺の首を抱きしめている。
「ふぅ」
うすく目を開ければ、朱鷺の濡れた口元が離れていくのが見える。
「うわっ」
だが、余韻を楽しむ事もせず、朱鷺は無言で虎央を抱き上げると、自分の部屋へと運ぶ。

「な、なんや?」
乱暴にベッドに放り出して、上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ベルトをゆるめる。
「朱鷺、どないした? と…」
困惑する虎央に覆いかぶさり、再びキス。耳を噛み、顎を舌でなぞって、首筋を強く吸う。その間に、
性急に虎央の上着を取り、シャツも破く勢いで剥いで、ベルトに指をかける。

「ち、ちょお、待て! 朱鷺!」
「待たへん」
とても愛撫とは呼べない激しい行為に、腕を突っぱねて制止しようとするが、朱鷺はそれを許さない。逆に虎央の手首をひとつにまとめて、抵抗できないようにする。
「朱鷺! っ、あ」
あらわになった脇の下に舌を這わせ、まだ柔らかい胸の突起を強く吸う。何度もそうするうちに、
小さかった突起には、硬い芯ができる。
「あ、くぅっ」
ただ、乱暴に刺激されているだけなのに、虎央の体はどんどん熱くなっていく。

そのうち、下着もすべて取られてしまう。朱鷺もまた、全部脱いでいる。その鍛えられた体の中心
には、怒張した朱鷺自身が重たげに揺れている。
朱鷺は口にコンドームの袋をくわえて、片手でそれを破ると、手早く着ける。
「行くで」
そして、大きく虎央のヒザを割ると、後ろのすぼまりに押しあてて、グッと、
「ああっ!」

ほとんど慣らされていない虎央のソコは、強引な朱鷺の侵入を拒む。だが、朱鷺は力づくで根元まで
全部押しこむ。
「アカン、て。まだ、動いたら、アカン」
無理に繋がったその部分は、痛みしか伝えない。朱鷺にも分かっているはずだ。
なのに、虎央の言葉を無視して、激しく抽送し始める。

「い、イヤ、アカン」
「んっ、あっ!」
すぐに、朱鷺は頂点を迎える。虎央の肩を押さえこんで、体の一番奥に射出する。

「あ…あぁっ、ハアハア」
射出の勢いにも、虎央の苦痛は増すばかりだ。
「朱鷺、…んっ」
朱鷺は荒い呼吸のまま、虎央の言葉を吸い取る。舌を絡めて、吸って、唇に歯をたてる。そうして
いるうちに、また虎央の体内で復活してきたようだ。
容積を増した朱鷺自身に、何度も内側から擦られ刺激されるうち、ようやく虎央にも小さな快感が
わいてくる。

「う、くぅ、…ん」
変化し始めた虎央自身に指を這わす。握った形のまま、上下に扱く。
「あ、あ、も、アカン、イキそ」
透明なヨダレが先端からあふれて、もう限界が近いことがわかる。虎央はきつく眉根を寄せて、
その瞬間の大きな快感を待つ。

だが、朱鷺は手を止めて、きつく根元を握る。これでは射出の快感は得られない。
「あ、イクっ!」
かわりに、朱鷺が2度目の射出を果たす。

その後も、寸前まで快感を高めておきながら、朱鷺は虎央の射出を許さない。虎央は朱鷺の下で、
上で、背中を向けて、何度も射出を受け入れながら、唇を噛んで、息を乱して、喘いで、
「も、かんにん、して、お願いや、も」
涙をうかべて、懇願する。

「アカン」
だが、朱鷺は許さない。
「なんでっ!」
どうして朱鷺は焦らすだけ焦らしておいて、なお自分をイカせてくれないのか。そもそも、どうして
こんな強引で乱暴な方法をとるのか。
虎央の中で、疑問は怒りの域に達して、鋭い声で叫ぶ。
「なんで、イカせてくれへんねっ!」

「虎央さんと、岩田隊長の話、聞いた」
「え」
ギクリと、息が止まる。
見上げれば、朱鷺は見た事のないような哀しい目で、虎央を見おろしている。

「今朝方、仮眠室に虎央さんがいてないの、気づいて。1階までおりたら、通信室で話し声がして」
「おまえ、聞いてたんか?」
訊けば、大きく頷く。
岩田との話を、朱鷺に聞かれていた。

とたんに虎央の怒りは萎えて、かわりに鈍い痛みが胸を刺す。
「朱鷺」
「もうええ!」
虎央が呼びかけるのを、強い口調で遮る。そして、ヒザを肩にかつぐと、また激しく抽送し始める。

「く、」
今までとは比べものにならないくらい、深く強く、刺激される。
「あ、あぁ」
「僕に抱かれて、こんなにグショグショになって、泣いてイカせてて、お願いするくせに、心に僕は
おらんのやな」
「あ、アカン」
「どうすれば、虎央さんの心を、僕でいっぱいに出来る? どうすれば僕だけ、見てくれる?」
「あ、う…」
「虎央さんっ!」
「く、あ、あぁっ!」

首筋を、きつく咬まれる。その瞬間、内側からの刺激だけで、虎央は体中に蓄積した快感を、
いっきに射出する。
朱鷺もまた、虎央の体の奥に何度目かの快感を射出していた。

朱鷺の肩にあった脚が、ゆっくりベッドにおちる。朱鷺の熱い体が、虎央の体に重なってくる。
ようやく許された快感の余韻に、頭も体も動かない。指1本すら、動かせない。

そうして、ふたりでただ酸素をむさぼって、汗が冷える頃、ようやく朱鷺の言葉を思い出す。自分と
岩田の話を聞いたと。
心の一番奥底にある、一番知られたくなかった想いを、朱鷺が知ってしまった。虎央の中に生まれた
鈍い痛みは、ますます大きく強く、虎央を責める。にがい味が、口の中に広がる。

「タケとの話、おまえが聞いてたの、知らんやった」
激しい情交の後のかすれた声が、今はこんなにも哀しく響く。
「かんにん」
「謝られたかて」
虎央に体を重ねたまま、朱鷺はくぐもった声で言う。

「虎央さんの心に、僕はおらんのやろ。僕は、こんなにあなたが好きやのに。指輪かて、」
虎央の左手を取る。
「簡単に、はずして」
「それは…」
心の中に、まったく朱鷺がいない訳ではない。ただ、この気持ちが恋なのか、それとも単なる庇護欲
なのか、自分でハッキリと分からない。
朱鷺も、今は恋だと思い込んでいるだけで、親兄弟への情と同じなのかもしれない。

「おまえは、まだホンマの恋を知らんさかい」
「ホンマの恋て、なんや? 好きで好きで、抱きたいて想う気持ちは、ウソやない」
湿った声だ。
すぐ横にある顔を見れば、目に涙をうかべている。

朱鷺のほほに手を添えて、困ったような笑顔を見せる。
「涙は、反則や」
「あなたは、誰にでも優しい。誰でもこうやって、抱きしめて。…僕には、あなたしかおれへんのに」
ポロリとひとすじ、涙をながす。後はとめどなく涙を流しながら、朱鷺は切れ切れに言う。
「初めてや、こんな気持ち。あなたを失いたくない、誰にも渡したくない」

ひとつひとつの言葉が、虎央の胸を打つ。
「もう、泣くなや」
親指の腹で流れる涙をぬぐって、背中に腕をまわして抱きしめる。
震える背中を、何度も手で撫でるうちに、朱鷺も落ち着いたのだろう、大きな吐息をひとつついて、
顔をあげる。

ほほは紅潮して、涙のあとが幾条も残っている。
「男前が、台無しやな」
虎央はくすんと笑って、ティッシュをとって鼻をかませる。
「泣いて、目が真っ赤で。ウサギみたいや」

「ほっといてんか」
泣き顔を揶揄されて、朱鷺はすねたように、
「子供扱いして」
「せやかて、子供やないか」
ゆったり、もう一度、背中に腕をまわして抱く。

「俺を好きて言うてくれるんは、嬉しい。こうして、おまえと抱き合うのかて、幸せや。けど、」
「けど、なんや?」
虎夫の言葉を、朱鷺は上目づかいで促す。
「けど、おまえの”好き”は、ホンマの”好き”か、わからへん」

「僕の気持ちが、信じられへんて、言うんか」
「かんにん」
謝る虎夫の顔を、朱鷺は見つめる。その目は、深い哀しみの色に染まっている。
再び、鈍い痛みが虎央の胸を刺す。

「…」
重ねた体を離して、朱鷺はベッドからゆっくり起き上がると、何も言わず部屋を出て行く。
朱鷺の温かみを失って、裸の胸がだんだんと冷めていく。手足の先も冷えていって、全身に寒さを
感じる。
ひとりでは耐えられそうにない、寒さだった。




  2012.01.28(土)


    
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