締め切りを終えて、身ぎれいな瑛朗に戻る。由貴が瑛朗の部屋に住み込むのは、締め切り前の1週間だけという約束だったが、そのまま部屋にいる。瑛朗も帰れとは言わないし、庭の事が気にかかるからだ。

梅雨も明け本格的に夏の暑さが訪れて、ますます緑は勢いを増している。水やりに雑草抜きと、目が離せない。
「ユキ」
「はい」
日の暮れる頃、庭に水をまいている由貴を瑛朗がリビングから呼ぶ。返事をして、水を止めてリビングに入る。

「お呼びですか?」
「ああ。明日の晩メシは要らんさかい」
「はい・・・はい?」
めったに出かける事のない瑛朗が、夕飯は要らないと言っている。
「出版社主催の、なんやパーティがあるそうや。ぜひ出席してくれて、岸川が泣きついてきた」
気が進まないのが顔にも声にもありありと表れている。だが岸川の頼みとあらば、無下に断れないのだろう。

「はい、わかりました」
その場では何でもない顔で頷く。
だが翌日、瑛朗を送りだして一人になったとたん、大きなため息をつく。夕飯を食べる時もそうだ。瑛朗のいないこの部屋で、一人で食事をするのは初めてかもしれない。広い部屋が、ますます広く感じる。

この部屋に泊まり込む条件として、セクハラまがいの事はしないと自分で言ったとおり、瑛朗は由貴に対して一定の節度をもって接している。一日の大半を一緒に過ごしているので、以前と比べて親しい気持ちを持っているが、それも雇い主と使用人の域を越えるほどではない。

瑛朗にからかわれなくなったのに安心している反面、寂しい気持ちもある。
・・・僕、どないしたんやろ。
自分で自分の気持ちが分からない。由貴はアホやなと小さく笑うと、夕飯の後片づけをする。瑛朗が何時に帰ってくるのか、それとも帰ってこないのか、何も聞いていない。
汗をかいた体が気になるので、先にシャワーを使わせてもらう。

汗を流して、タオルを腰にまいただけの格好で浴室から出る。脱衣場の鏡に映る自分の姿が目に入る。男にしては小柄で、筋肉がほとんどついていない。胸も薄くて華奢な造りをしている。目ばかり目立つ顔は、やや女性的だ。体毛も薄く、ヒゲもほとんど生えない。

比べて瑛朗は堂々とした体躯をしている。長身で手足が長く、ジム通いで鍛えた体は筋肉質で無駄がない。涼やかで知的な目元に細いアゴと、顔立ちも整っている。自分の倍近い年齢のはずだが、歳よりずっと若く見える。
・・・先生は、恋人とか、いてへんのやろか。
いくら人づき合いが苦手だといっても、瑛朗ほどの男前なら周りが放っておかないはずだ。だが、通っていた頃はもちろん、住み込みをしている今も、瑛朗に女の影はない。

・・・どんな女性が、好みなんやろ。
家庭的で優しいタイプか、それとも守ってやりたくなるような可愛いタイプか。いずれにせよ、瑛朗の隣には美しくて聡明な女性が似つかわしい。
決して、自分ではない。地味で家事しか取り得がなくて、人見知りで、歳もずいぶん離れていて、おまけに同性の。

そう思ったとたん、胸が痛む。震える指先で、自分の唇に触れる。確かに一度、この唇に瑛朗の唇が触れた。もう一度、いや本当は何度でも、触れて欲しい。唇だけでなく、もっとたくさん、触れて欲しい。
「先生」
声が、かすれている。熱を持ち始めた自分の中心に、指を這わす。
「せんせ・・・」

その時、出し抜けに玄関の呼び鈴が鳴らされる。息が止まる程驚いて、慌てて服を着てから玄関のカギを開ける。
「ただいまァ」
瑛朗のご帰還だ。だが、瑛朗と一緒にもう一人、見知らぬ男がいる。

瑛朗は自分ではまともに歩けないほど酔っている。男はそんな瑛朗に肩を貸し、腰を抱いて支えている。
まさか瑛朗が誰かと一緒に帰ってくるとは思っていなかった由貴は、混乱して男の顔を見つめる。男もまた、不思議そうに由貴の顔を見つめる。
「瑛朗。この子は?」
名前で呼ぶ。その事に由貴はさらに驚く。

「ユキや」
「ふうん」
それっきり由貴を無視して部屋に入ると、まっすぐに瑛朗の寝室に向かう。ドアを開け、瑛朗の体をベッドに寝かせる。そして、由貴の見ている前で瑛朗の靴下を脱がし、上着を脱がせてシャツのボタンをはずし、ベルトまで緩める。

「瑛朗、水は?」
「飲む」
立ち上がって、由貴の前を通ってキッチンへ。惑うことなく冷蔵庫を開け、ペットボトルの水を取り出す。いかにも慣れた様子だ。

瑛朗を名前で呼ぶ事といい、部屋で遠慮なく振舞う事といい、瑛朗とこの男はどういう関係なのか、由貴は不思議に思う。そして思い出す。この男、どこかで見た顔だと思ったら、俳優の桐生(きりゅう)ではないか。桐生は確か、瑛朗の小説がドラマ化された時に主役を演じた俳優だ。

桐生は瑛朗の部屋に戻るとペットボトルの栓を開け、ひと口、口に含む。そしてベッドにヒザをつき、瑛朗の首を抱くと、
「え」
口移しで飲ませる。驚く由貴の前で、桐生は何度も口移しで瑛朗に水を飲ませる。水がなくなってからも、瑛朗の唇をむさぼる。

上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて、シャツのボタンをはずす。その間に、瑛朗の首筋に口づけ、はだけた胸に口づける。
自分のベルトに指をかけた時、由貴と目が合う。
桐生は髪をかき上げると、ベッドからおりて由貴の目の前まで歩いてくる。

「坊や」
長身の桐生から見おろされる。
「子どもは、もう寝る時間や。さっさと自分のベッドに行き。それとも、」
身を折って、鼻と鼻とが触れるほど顔を近づける。
「交ざりたいんか?」

その言葉の意味が分からない程、由貴は子どもではない。
だが、平気な顔でいられる程、大人でもない。顔を伏せ、唇を噛む。桐生は黙ってしまった由貴を鼻で笑う。
「桐生」
いつの間にかベッドからおりた瑛朗が、桐生の後ろに立っている。

「はい?」
「帰れ」
短い言葉に、桐生の顔からバカにしたような笑いが消える。
「瑛朗、本気か?」
「2度、言わすな」

瑛朗も桐生も、真剣な表情でお互いを見つめるが、数瞬ののち桐生は短く息を吐く。
「わかった」
乱れた服を整えて瑛朗のそばに寄ると、
「ほな、また」
軽く口づけて、大股で由貴の前を通りすぎる。

玄関が閉まる音がして、瑛朗は大きなため息をつく。
「ユキ。着替え、持ってきてんか」
普通の声だ。だが、ユキは返事が出来ない。
酔った瑛朗を俳優の桐生が送って来て、ベッドに寝かせて、口移しで水を飲ませた。桐生の行動は慣れていて、自分に見られても少しも動揺しなかった。むしろ、見せつけるように瑛朗の首筋に口づけていた。

瑛朗と桐生の関係は明白だ。瑛朗に同性の恋人がいた事に、由貴の思考は止まる。
「ユキ」
2度呼ばれて、気がつけばすぐ目の前に瑛朗が立っている。シャツははだけ、下着だけの姿だ。
瑛朗からはアルコールと、わずかに桐生と同じコロンの匂いがする。

「先生は、」
瑛朗の姿と匂いに、由貴の中で何かがはじける。
「今の、桐生さんと恋人同士なんですね。男の恋人が、いてはるんですね。・・・恋人がいてるのに、僕にキス、しはるんですね!」
自分が何を口ばしっているのか、分からない。ただ熱くて醜い感情が胸の奥から湧きあがって、口からあふれてしまう。

「ユキ」
感情のままに言葉を放出して、荒い呼吸を繰り返す由貴に、瑛朗は1歩近づく。由貴の目を見据えて、シャツを肩から抜いて、もう1歩近づく。
いつもは涼やか冷静な瑛朗の目が、赤く光っている。肉食獣が獲物を捕らえる時のようなその光から、由貴は目が離せない。

「なにが、言いたいねん?」
低い声。耳と胸に響く。
「せんせ・・・」
「可愛いユキ。俺になにを、されたいんや?」
「僕、僕の」
体に爪をたて、首筋に牙を食い込ませて、思うがままに蹂躙して欲しい。圧倒的な力で組み伏せて、骨が砕けるほど抱きしめて、気が狂うほど嬲って欲しい。

想いをこめて、瑛朗の目を見つめる。
言葉に出来ない欲望を、しかし瑛朗は正確に把握したのか、赤い光を放つ目を細める。
「ユキは、悪い子や」
腕を伸ばし指をたてて、由貴の唇をなぞる。
「口で言わんと、目で訴えてる。俺に選ばせようとしてる」
指を唇に押し込む。
「ズルい子」

「イ、イヤ」
指が舌に触れたとたん、背筋に甘い痺れが走る。それが怖くて、横を向く。
「イヤ? ウソつきやな」
指が抜かれる。首筋をなぞり胸をなぞった瑛朗の手は、由貴の中心へ。
「あっ」
「フフ。イヤていうわりに、ココはもうこんなやないか」

布の上からでも分かるくらい、由貴自身は興奮を隠しきれない状態になっている。瑛朗は小さく笑うと、ゆっくりと手でまさぐる。
「や、やめて、ください」
刺激され、ますます怒張する。瑛朗の巧みな手の動きに、すぐにでも頂点を向かえそうだ。
「やめて、ええんか?」
舌で首筋をねぶる。

「んっ」
「ズルくて、ウソつきで、強情なユキ。ほら、イってまえ」
「あ、あ、ああっ・・・っ!」
強く刺激され、耳朶を噛まれて、由貴は下着の中で頂点を迎える。

「ハア、あぁ、ハア、ハア」
立っていられないほどの快感。浅く早い呼吸を繰り返しながら、由貴は瑛朗の腕にしがみつく。
「・・・気持ち、よかったか?」
遠くから聞こえる声に、頷く。
「自分だけイってしもて。ユキは悪い子やな」
足に力が入らない由貴を軽々と支えて、瑛朗はベッドまで連れてくる。

「悪い子には、お仕置きせなアカンな」
ベッドに横たえる。シャツを脱がし、パンツも下着も取る。
「お仕置き、するで」
瑛朗になら、何をされてもいい。むしろ、酷く扱って欲しい。

「はい」
情欲に赤く光る瑛朗の目に射すくめられながら、由貴は小さく、だがハッキリと頷いた。




  2013.10.02(水)


    
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