瑛朗の部屋で食事の用意、掃除、洗濯と家事全般を任されていた由貴に、二つ仕事が増える。
ひとつは瑛朗の仕事を管理する事だ。気難しくて人づき合いの悪い瑛朗は、岸川がいくら言っても専任のマネージャを置かなかったが、由貴にタブレット型のパソコンを買い与え、原稿の締め切りや他の細々とした依頼をスケジュール機能を使って管理させる。言わば秘書の役割だ。

瑛朗への依頼はまず由貴が受け、岸川に相談しながら日程を調整していく。それまでは担当編集者である岸川がマネージャの仕事を受け持っていたが、重要な依頼も瑛朗の気分次第では蹴る事があった。
だが、由貴は上手く瑛朗の機嫌をとりながら、引き受けさせるコツを身につけている。瑛朗も由貴から説得されると無下に断れないのだろう。おかげで瑛朗の仕事量が増えて、岸川を喜ばせる。

もうひとつは、ベッドで瑛朗の相手をする事だ。
「イヤ・・・イヤ」
背後から瑛朗に揺すられる。瑛朗の大きな手は由貴の細い腰をつかみ、白い背中を撫で、胸の柔突器を弄ぶ。
「あ、も、アカン」

「まだや。まだ、イッたらアカン」
耳朶に歯をたてられる。背筋が細かく震える。
「かんにん。かんにんして、ください」
切れ切れの声での懇願を、瑛朗は鼻で笑う。
「ユキはかんにんて言うてからが、長いんや」
胸の飾りを弄んでいた指を、じわじわと中心へ。

「イヤッ、も、ホンマに」
これ以上ないくらい怒張した由貴自身の先端からあふれた透明な粘液を、親指の腹で塗りこめる。ふいにカリッと、
「あっ!」
爪をたてる。アゴが上がり、背筋が反る。

「イキたいか、ユキ」
アゴを持ち耳を噛むようにして訊く瑛朗の声に、由貴は大きくかぶりを振る。
「ホンマか? もう、こんなやで」
握りこんで上下に激しく扱く瑛朗の手からは、湿った音が聞こえる。
「イキたい?」
唇を噛んで、耐える。

瑛朗から与えられる刺激に、射出の欲求は高まるばかりだ。だが、ここで簡単に屈してしまえば、瑛朗の愉しみが減る。だから、ギリギリまで耐えなければならない。
「強情な、子オや」
いまいましそうに、だがどこか愉しそうに瑛朗はつぶやくと、小柄な由貴の体を支えて自分にまたがらせる。

「い、あ」
大きくヒザを左右に開いてベッドに座る瑛朗の中心と、さらに大きく足を開く由貴とが深く結合する。
「先生、先生」
激しく突きあげられる。怒張した自分と結合した部分と、同時に何箇所も刺激されて訳が分からなくなる。

「ユキ」
余裕のない声で呼ばれて顔を上げれば、すかざす唇を吸われる。
「ん、んんっ」
唇を塞がれながらも、声は止まらない。
・・・先生。イキたい。もうアカン。好き、好き。

「んんっ、あ、あっ!」
「くっ」
その瞬間、二人同時に体を固くする。

快感の射出を終えて、ようやく体が緩む。
力を失った由貴の体を腕で支えて、瑛朗はゆっくりベッドに横たえる。そして自分もその隣に横たわる。二人が激しく酸素をむさぼる音が、寝室に響く。
「あ・・・」
やがて、力を失くした瑛朗が由貴の中から抜け落ちる。
「僕が」
瑛朗を清めようと体を起こしかけるが、瑛朗は由貴の肩に手を置いて動きを制する。

「このままでええ」
つぶやいて、背後から腕を伸ばして由貴を抱きしめる。小柄な由貴の体は瑛朗の広い胸にスッポリと収まる。
・・・先生。
目を閉じる。汗をかいて密着した肌から、瑛朗の温かみが伝わってくる。自分を抱く瑛朗の手に手を重ねて、指を絡ませる。

瑛朗の手は、激しく自分を求める。だがそれは愛情からではなく、欲望を発散するためだ。瑛朗にとって自分は家事全般を世話する家政婦で、仕事を管理する秘書で、欲望を発散させる娼婦。それだけだ。

瑛朗の役に立つならとベッドの相手も承諾した。瑛朗に抱かれるたび、体は溶けてしまうほどの快感を覚えるが、心は違う。
自分は瑛朗が好き。だが瑛朗は、自分を割り切った相手としか思っていない。それが、つらい。
「先生」
絡めた指に一瞬だけ力をこめて、ゆっくり解く。いつの間にか瑛朗は健康的な寝息をたてている。由貴は眠る瑛朗を起こさないよう、静かにベッドからおり、自分と瑛朗の体を清めて下着を着ける。

歳よりずいぶん若く見える瑛朗の寝顔は、さらに幼く見える。満足して安心しきって眠る顔に小さく微笑んで、由貴は身を折って瑛朗に口づける。
温かくやわらかい感触が唇に残る。自分の本当の気持ちを打ち明けられれば、どれだけ楽になるだろう。だが、告げればきっと、瑛朗の傍にはいられなくなる。

由貴はきつく唇を噛みしめると、眠る瑛朗の肩までタオルケットをかけて、静かに寝室から出た。



暦の上では秋だというのに、まだまだ日差しは強く気温も高い。おまけに今年の夏は雨が少ないので、庭の水やりにも気を抜けない。由貴が丹精込めて世話をしているだけあって、庭の草木はどれも生き生きとしている。
由貴がこの部屋に通い始めた春先には好き放題に伸びていた草花も、今は由貴の手によって整えられている。麦藁帽子をかぶって水をまく由貴は、自慢の庭を見回してニッコリ笑う。

「おまえ達もそろそろ、食べごろやな」
日当たりのいい一角にプランターを設けて、野菜を栽培している。なかでもミニトマトは枝が折れそうなくらい、たわわに実っている。生野菜はいっさい口にしない瑛朗だが、これをミートソースにして出せば喜んでくれるかもしれない。

「なにニヤニヤしてんね」
「えっ」
急に後ろから声をかけれて、慌てて振り向く。瑛朗だ。
「なんべん呼んでも返事せえへんと思たら、こんなトコにおったんか」
「す、すんません」
部屋の中から呼んでも返事のない由貴に業を煮やして、庭まで捜しに出たようだ。

「それ、トマトか?」
「はい」
首からかけたタオルで汗をぬぐって、プランターの前にヒザまづく。
「普通と比べると小さい種類ですけど、ぎょうさん付いてます」
言いながら赤く熟したトマトをもいで、サッとふいて口に。トマト特有の酸味と熟した甘味が広がる。プランターで作ったにしては、なかなかの出来だ。

「うわ、生で」
「いや、青臭いコトありませんて。これでミートソースでも作りましょか?」
訊けば、自分も由貴に並んでヒザまづく。
「俺もひとつ、ええか」
生の野菜を食べないはずの瑛朗の言葉にギョッとするが、素直に一番熟れていそうなのをひとつもいで、手渡す。

「いただきます」
瑛朗は自分の袖でサッとふくと、ためらうコトなく口へ。
「・・・どうです?」
「ああ。美味いな」
ニッコリ笑う。

「この庭は、気持ちええな」
風に襟元をはためかせる瑛朗の顔を見る。穏やかな表情をしている。
「この庭を造る時、設計者がそらもう凝ってな。ちょうど俺の仕事部屋からの眺めが、一番よくなるようにて。自分たちで床張って、木枠作って土入れて。時間も手間もぎょうさんかかったけど」
ここで少し言葉を切って、
「楽しかったなあ」
笑顔で言う。

瑛朗のそんな顔、由貴は初めて見る。
「その、設計した人て」
「ああ。俺の恋人やった」
やはりと、心のどこかで思う。この庭を見る瑛朗の目が複雑な色を含んでいた理由が、分かったような気がする。

「庭が気になるて言うて、しばらく一緒に暮らしてたんやけど、つまらん原因でケンカして、出て行ってしもた」
去って行った恋人との思い出が詰まったこの庭を、瑛朗はどんな気持ちで見ているのか。それを考えると、由貴は切ない。

「あいつが出て行って、もうこの庭もお終いやと思てたけど、由貴が手入れしてスッキリしたな」
もうひとつ、熟したトマトをもいで口に。
「まさかトマトまで作ってるとは、思わへんかったけどな」
明るく笑って、麦藁帽子ごと由貴の頭を撫でる瑛朗の目は、慈しみの色を濃くうかべている。

この庭は瑛朗にとって、特別な思い入れのある場所だ。自分は何も知らず、ただ荒れ放題なのが気になって世話を始めたが、本当に良かったのだろうか。瑛朗の話を聞いて、不安になる。
「先生、僕なんも知らんと庭に手を入れてしもて、すみません」
「なんで謝んね」
頭を下げる由貴に、瑛朗の声は優しい。

「荒れた庭も愛情持って世話したら、こんなに生き生きとなった。・・・人間も、同じやないかな」
最後の言葉は、風に飛ばされる。だが、由貴にはしっかりと聞こえる。恋人が去って、この空中庭園と同じく荒れてしまった瑛朗の心が、少しでも癒されたのならば。そして瑛朗の心を癒したのが自分だとしたら、こんなに嬉しい事はない。

「あの、僕になんぞご用やったんと違いますか?」
都合のいい解釈だ。由貴は顔を伏せて、固い声で訊く。
「ああ、せやった。ちょお、探しモン手伝(てつど)てもらおと思て」
言って、瑛朗は立ち上がると部屋の中に入る。由貴も麦藁帽子を脱いであとを追う。

広いマンション内には、瑛朗の仕事部屋、寝室、由貴の使う部屋の他にも部屋がある。そのうちのひとつが資料部屋だ。調べ物はほとんどパソコンで済ませてしまう瑛朗だが、膨大な量の紙の資料も持っている。
「ほな、頼んだで」
目的の資料の概要を説明して、瑛朗は資料部屋を出る。この部屋にはハードカバーの本をはじめ印刷物や手書きのメモなど、小説を書く際に必要な資料が集めてある。本棚や箱に納められた量の多さにも困るが、一番困るのは索引も何もなく、ただ雑多に押し込まれている事だ。

これでは目的とする資料がどこにあるのか、簡単には分からない。けっこう骨の折れる仕事だ。
それでも瑛朗に指示されたからには、この紙の山から見つけなくてはならない。由貴は大きくため息をつくと、手前から探し始める。
ずいぶん前に手に入れた資料だと瑛朗は言っていたので、奥の方まで丹念に探す。

資料を探して汗だくになる頃、ようやくそれらしい本を見つける。間違っていないか確認のために、パラパラと数ページめくる。
と、本の間から、何かが床に舞い落ちる。
「あ」
腰をかがめて拾いあげる。それは瑛朗が女性と写っている、数葉の写真だ。

まだ若い瑛朗と並んで写る女性の顔を見るうちに、由貴はハッと息を詰める。
「これ、お母ちゃんか?」
どうして若い瑛朗と自分の母親らしき女性が一緒に写っているのか。由貴は手の中の写真をじっと見つめた。




  2013.10.09(水)


    
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