自分でカギを開けて、部屋に入る。
「ただいま帰りました」
「遅かったやないか」
すぐにリビングにいた瑛朗から声がかかる。不機嫌な声だ。そう言えば夕飯の時間はとっくに過ぎている。空腹で待たされて、それで不機嫌になっているのだろう。

「す、すみません、遅なって。すぐ、夕飯の用意しますさかい」
「それよりプリンが食べたい」
「はい」
言われて、買ってきたプリンの箱をテーブルに置く。

不機嫌な表情のまま、瑛朗は席につく。
「こんな時間まで、なにしてたんや?」
プリンをひと口食べて、さらに訊いてくる。
「実は、店を出たトコで、昔の友だちとバッタリ会(お)うて。ほんで、つい長話してました」
半分はウソではない。

「へえ。友だちと長話ねえ」
つぶやいて、もうひと口。
「このくそ暑い中、外に長い時間おったにしては、このプリン、ガッチガチに冷えてるな」
ドキリと、心臓が踊る。

まともに顔が見られない。目を伏せて、背中を向ける。
瑛朗は立ち上がって、由貴のすぐ背後に立つ。身を折って、由貴の首筋を嗅ぐ。
「下品な、ボディソープの匂いがする」
指摘されて、慌てて首を手で隠す。

「す、すみません」
「なんで謝るんや。そのお友だちと、お風呂に入っただけやろ。それとも、」
耳元に唇を寄せて、
「悪いコト、してきたんか?」
低い声に、背骨が痺れる。

言葉ではなく、態度で顔の表情で息づかいで、正直に伝えている。瑛朗は自分が何をしてきたか、とっくに気づいていると思うといたたまれなくて、由貴はその場から逃げようとする。
「どこ行くねん」
もちろん、瑛朗は許さない。由貴の腕をとって、強引に自分の方を向かせる。瑛朗の目は、肉食獣の光を宿している。

「離してください」
「悪いコトしたんやったら、お仕置きが必要やな」
瑛朗の言う”お仕置き”の意味を、由貴は体で理解している。
「イヤ!」
力いっぱい瑛朗の手を振り払う。父親かもしれない瑛朗に、今は触れて欲しくない。触れられるのが、怖い。

「へえ」
振り払われた自分の手と、おびえた由貴の顔とを交互に見て、瑛朗は目を細める。
「お友だちはええのに、俺はイヤなんか」
怒っている口調ではない。むしろ由貴の抵抗を愉しんでいる。

「かんにんしてください」
「なんでイヤなんか、理由を言うて俺が納得したら、止めたる」
「そん、」
見おろされる。息が詰まって、心臓が強く鼓動し始める。

「ユキ。なんで?」
瑛朗の舌が耳朶を這い、手は由貴の薄い胸をまさぐり、シャツをたくし上げ、直接肌に触れて、
「っ」
小さな柔突器を指先でつまむ。

先生は僕のお父ちゃんなんですかと、訊きたい。訊いてハッキリ否定して欲しい。
だが、どうしても訊けない。第一、母親と恋人同士であったにせよ、瑛朗は妊娠の事実を知らないかもしれない。だとすれば、瑛朗に訊いても本当の事は分からない。

考えているうちに瑛朗の手は巧みに動いて、由貴のベルトを緩めている。
「あ、先生。ホンマに、かんにんしてください」
「アホか」
「あっ」
細い声で拒んだとたん、首元を強く噛まれる。

「ココをこんなにしといて、イヤもかんにんも、ないやろ」
布の上から触れられる。もう十分に張りつめている。
「ホンマに」
「まだ言うてるんか。それとも、」
ヒザでヒザを割る。足を固定しておいて、ベルトを緩めジッパーを下げる。圧力から開放されて、下着の中心が盛り上がる。

「イヤて言うと、興奮するんか?」
指をたて、布の表面を下から上へなぞる。先端部は特に念入りに。指先で円を描くように、何度も何度もなぞる。
「あ」
小さなシミが、出来る。

「ち、違い、ます。ホンマに、僕」
「ウソつき」
キュッと、
「ああっ」
先端をつままれる。電流に触れたかのように、つままれた場所から全身に痺れが拡がっていく。

もっと触れて欲しい。手で乱暴に扱いて、快感の頂点にまで導いて欲しい。
そんな体の欲求に流されてないよう、由貴は大きくかぶりを振る。
「イヤ。離してください。先生、先生!」
力いっぱい抗うが、由貴が瑛朗にかなう訳がない。

「ユキ。おまえも知ってるやろ。男は抗われると、余計に興奮する」
瑛朗の声は切れ切れで、呼吸は早い。
「知っててワザと、抗うんか?」
「ちが」
「悪い、子オや」

強引に床に這わされる。はぐように下着をおろされ、あらわになった双丘の奥に怒張した瑛朗が押してられ、
「んっ」
入ってくる。まだなじんでいないソコを無理に広げながら、熱いかたまりが侵入してくる。
「い、あ」
逃げようにも、細い腰を掴まれていて逃げられない。

「悪い子オや、ユキは」
ゆっくりじわじわと、瑛朗が入ってくる。
「下品な匂いつけて、勝手にヨソで男をくわえ込んで、平気な顔で帰って来て」
「ち、違っ」
「ウソつき」
根元まで全部、入る。瑛朗はゆっくり腰を使い始める。
「あ、あ」
瑛朗の動きに合わせて、声がもれる。

父親かもしれない瑛朗に抱かれるのは、許されない背徳行為だ。心が痛む。もうこれ以上、触れて欲しくはない。頭ではそう思っている。
「ああっ」
だが、このどうしようもないほどの体の快感には、抗えない。
「も、先生、アカン」
口が勝手にねだる。

「ワガママやな、ユキは。イキたいんか?」
頷く。
「イキそうなんか?」
2度、頷く。
「ほな、ちゃんと言(ゆ)え」

「早(は)よ、先生、も、早(は)よ。お願いっ」
「ええ子」
つぶやいて目を細めて、瑛朗はさらに激しく打ち込む。体の奥深くにあるイイトコロに当たって、擦られて、突かれて。由貴はもう、訳が分からなくなる。

「も、イ、イク・・・ッ!」
全身を固くして、きつくコブシを握り締めて、由貴は何度にもわけて快感を射出する。
「う」
由貴の痴態に、瑛朗もまた頂点に達する。

徐々に、快感の波がひいていく。再び呼吸を始めた由貴は、力なく床に倒れこむ。由貴の背中に、瑛朗も倒れこむ。
「ハア、ハア」
背中に感じる瑛朗の重みが好きだ。耳元で忙しなく繰り返される呼吸が好きだ。快感の射出を終えて動けなくなった自分の体を、優しく支える手が好きだ。

こんなにも心満たされる相手は他にいない。恋人だった滝本でも、由貴の心から瑛朗を消す事は出来なかった。
滝本に触れられている時も瑛朗の手が思い出されて、結局、最後の最後で拒んでいた。

父親かもしれない瑛朗が、そこまで自分の中で大きな存在になっていたなんて。
「う」
幸せでつらくて、涙がにじむ。
「ユキ」
由貴の涙に気づいた瑛朗は、体を起こして目尻を吸う。

「痛かったんか? 強引やったな」
「いえ」
かすれた声だ。
「重い?」
「少し」
答えれば、背中からおりる。瑛朗の重みがなくなって、由貴はゆっくり体を起こして床に座る。強烈な快感の余韻で、まだ指も動かせない。

「ユキ」
呼ばれて顔を見る。すぐ間近にある瑛朗の目は、優しい光を宿している。その目が閉じられて、端正な顔が近づいてくる。鼻が触れて、唇が重なる。
温かくて優しい口づけ。それが、たまらなくつらい。

「ユキ、なんで泣くんや?」
瑛朗に訊かれて、自分が涙を流しているのに気づく。
「わかりません」
涙の理由は、由貴自身にも分からない。
「そうか」
瑛朗もそれ以上は訊こうとはしない。ただ、腕を伸ばして由貴の体を抱きしめる。

瑛朗に抱かれて、由貴は目を閉じる。静かに涙を流す由貴の、髪に額にまぶたにほほに、瑛朗は軽く口づける。
幸せな空間。瑛朗の腕の中は、あまりにも居心地がいい。
「なんでやろ。こうしてると、落ち着く」
低く瑛朗はつぶやく。
「呼吸と鼓動が重なって、俺とユキの境目がなくなって溶け合(お)うて。もとからひとつの体やったような、不思議な感覚や。そう思わへんか?」

不思議な一体感は、同じ血をわけた父と子だからそう感じるのかもしれない。
「・・・わかりません。すみません」
だが、正直には言えない。

「謝らんといてええ。・・・なあ、ユキ」
「はい?」
「俺は、出来ればずっとユキとこうしていたい。ユキに、傍におって欲しいんや。真剣に、考えてくれへんか?」
「・・・はい」
ためらいがちに頷いた由貴に、瑛朗はニッコリ笑う。

「ゼッタイやで。約束やで」
「はい」
子どものように念を押す瑛朗に、由貴もつられて笑顔になる。
「うん。やっぱりユキの笑顔は可愛い」
冗談めかした声で、だが真剣な目で言って、瑛朗は由貴をきつく抱きしめる。

その日の深夜、瑛朗が眠りについた頃、由貴は黙って瑛朗の部屋を出た。




  2013.10.19(土)


    
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