「ただいま」
外から帰ってくる。
「おかえり」
琢己がいて、笑顔で迎えられる。それだけで、大樹の胸は温かくなる。

「夕飯、なに?」
「ご飯余ってるし、オムライスにしよか」
「ええなあ」
「ったく、どんだけケチャップが好きやねん」
嬉しそうに笑う琢己の顔を見ると、大樹も笑顔になる。

並んで台所に立って、一緒に夕飯の支度をする。オムライスと聞いて上機嫌になった琢己は、鼻歌まじりに卵を割って、丁寧に黄身と白身を混ぜる。
そう言えば、最近は琢己の好きな献立にする事が多い。昨日は酢豚、その前はハヤシライスを作った。

「いただきます」
ケチャップをたっぷりと使ったチキンライスに、とろふわのオムレツを乗せて食べる直前に割る。
「ああ、ええ匂い」
スプーンで山を崩して、ひと口。
「美味しい」
本当に幸せそうな笑顔をうかべる。そんな琢己の姿をみるだけで、大樹もまた幸せな気持ちになる。

「ごちそうさま」
大きめに作ったオムライスを全部食べて、琢己は手を合わせる。
「琢己さん」
名前で呼んでいいと言われて以来、”琢己さん”と呼びかける。そのたびに気恥ずかしくなる。

「スイカ買(こ)うてきたんやけど、デザートに食べへんか?」
「食べやすいように、切ってくれんのやったら」
「なんやそれ」
憎まれ口を叩きながらも、冷蔵庫で冷やしておいたスイカを食べやすいように一口大に切って出す。

琢己はそれをひとつ手でつまんで、
「ほら、大樹、あ~ん」
大樹の方にさし出す。
「な、なんや?」
「遠慮せんと。ほれ、あ~ん」
大樹は心もちほほを染めて口を開けると、スイカをひとかじり。瑞々しい果汁が口の中に広がって、ノドを落ちて行く。

「甘いか?」
頷けば、残りを口に。大樹に食べさせたスイカの残りを、躊躇せずに琢己は食べる。
「あ、手に」
持っていたスイカの赤い果汁が滴って、琢己の白い腕に伝い流れている。琢己は紅い舌を出して、果汁の跡をなめとる。

「お、俺、歯ア磨いてくるわ」
慌てて大樹は立ちあがり、洗面所へと逃げ込む。
今のは、なんだったんだろう。琢己が自分にスイカを食べさせて、残りを食べて、腕に伝う果汁を舌でなめとって。
「うわ…」
今の動作を思い出すだけで、心臓が早鐘を打つ。ほほが熱くて、呼吸も苦しい。相手は同性で歳もかなり上で、おまけに琢己なのに、艶めかしいと感じてしまう。

…俺、どないしたんやろ。
左胸に手をあてる。手を押し返すほどの勢いで、心臓が鼓動している。
…なんで、こない心臓バクバクしてんね。
自分でも、分からない。

「大樹」
そこに声をかけて琢己が入ってくる。
「な、なに?」
「手が汚れた。ちょお、洗わして」
有無を言わさず、大樹を押しどけて手を洗い始める。大樹は顔が赤くなっているのがバレないように、タオルで顔を拭くふりをする。

ふと気がつけば、水音はとまっている。顔を覆うタオルの端から、そっと琢己を見てみる。
琢己は洗面台に手をついて、大樹を見ている。
「大樹、少し話がしたいんやけど」
真剣な声だ。きっと、琢己と彬の事を話すに違いない。今は聞きたくない。冷静な気持ちでは、きっと聞けない。

「俺、明日の用意とかせなアカンさかい」
早口に言って、その場を離れようとする大機の腕を、琢己は強くつかんで引き戻す。そして、肩に手を置いて、壁に押しつける。
「は、離せや」
弱くもがくが、琢己はさらに強く肩を押さえると、顔に顔を寄せる。

二人の身長はさほどかわらない。大樹の目のすぐ近くに、自分を見すえる琢己の目がある。
「おまえ最近、様子がおかしいやないか」
「そんなコト」
目を逸らす。
「ほら。俺の顔、まともに見いひんし」
その通りだ。固まってしまった大樹に、琢己はひとつため息をつく。

「それって、俺と彬の関係を知って、それが原因なんか?」
「う、うん」
確かにそれも、琢己を妙に意識している原因のひとつだ。頷いて肯定すれば、琢己は横を向いて顔を伏せる。
「そうか。かんにんな」
小さな声で謝る琢己に、逆に大樹は訊いてみる。
「なんで謝んね。彬さんと、恋人同士なんやろ。彬さんのコト、真剣に好きなんやろ」

「別に、俺らは恋人同士とは、違う」
「え?」
瞳だけで大樹を見て、小さくため息をつく。
「そら、彬は好きや。けど、恋人の好きとは違う」
「けど、リビングで」

「リビング? ああ」
少し考えて、琢己はにがく笑う。
「確かに、体の関係はある。けど、それはお互い割り切ったコトで、」
「もうええ」
鋭い声が出る。てっきり、琢己と彬は恋人同士だと思っていたが、琢己はそれを否定する。体の関係はあるが、恋人の好きではないと言う琢己の言葉が、大樹の耳に障る。

「…お子ちゃまには、刺激の強い話やったか?」
「生々しくて、反吐が出る」
「ふうん」
その言葉に、琢己の目が妖しく光る。
「けどな、男は愛情がなかったかて、勃つもんやで」

「わかってる」
「ウソつけ」
からかうように言うと、大樹の手首をつかんで、壁に押しつける。のけぞる大樹の顔に、顔を寄せて、
「んっ」
唇を重ねる。

一瞬、唇に感じた熱はすぐに離れて、再び重なる。何度も重ねて、ついばんで、吸って。
…キス、されてる。
初めての熱に、大樹の呼吸は乱れる。苦しくて口を開ければ、すがさず柔らかい何かが口に入ってくる。琢己の舌だ。舌は大樹の舌を探って、絡めて、表面を撫でて。

「…っ」
口から伝わる熱が、大樹の体をさらに熱くしていく。その熱はある一点へと集中していく。
「ん、あっ」
キスだけで、痛いほど張りつめている大樹の中心を、琢己は布の上からやんわりと触れる。隠しようのない興奮が、琢己には分かっているはずだ。

「イキたい?」
濡れた声でささやかれる言葉に、大樹は抗えない。初めて人の手から与えられる快感に、頭の中はピンク色のもやがかかったようになって、ただ快感をうち出す事だけしか考えられなくなる。
「どうなんや?」
「い、イキたい」
「へえ。どうやって、イキたい?」
「手、琢己さんの手で、イカせて」

「ゼイタクやな」
舌を出して、自分の唇をなめる。
「お子ちゃまは、これで充分や」
「ああっ」
大樹の脚の間に自分の脚をさし入れて、ヒザで刺激する。

「フフ。案外、ええやろ」
「い、あっ」
刺激されて、甘い声が出る。自分でも抑えられない。琢己はその甘い声を吸いとるように唇を重ねると、さらに強く早く刺激する。
「ん、んんっ、んっ!」
その瞬間、琢己の首を強く抱いて、大樹は快感の頂点を迎えていた。



汚した下着を脱いで、シャワーを使う。体中泡だらけにして、丁寧に洗う。熱く細かいシャワーの粒で泡を流して、栓を締める。
胸から流れるしずくを目で追えば、下草に縁どられた自分自身がある。その力のない姿に、大樹は自嘲気味に笑う。
…俺、琢己さんに、イカされてしもたんやな。
キスをされたのも、人から与えられる刺激で射出したのも、初めての経験だ。まさか、その相手があの琢己になろうとは、夢にも思わなかった。だが、不思議と嫌ではない。

出来れば、これで最後にしたくないし、琢己にも気持ちよくなって欲しい。
…琢己さんて、アノ時どんな顔すんねやろ。
声は聞いた。彬を呼ぶ、艶めかしい声だった。その時の琢己の顔を想像する。
「あ」
また、自分自身が熱を持ち始める。恥ずかしくて、水のシャワーで熱を冷ます。

ようやく落ち着いた頃、丁寧に体の水気をとって下着姿で脱衣場を出れば、琢己が廊下に立っている。
自分を見つめる琢己の冷静な顔に、さっき想像した艶めかしい顔がだぶって、気恥ずかしくて目を逸らす。
「…悪かった。調子こいてしもた」
「あ、う、うん」
しおらしい言葉をかける琢己に、いつもの大樹なら憎まれ口のひとつやふたつ叩いていただろうが、今は生返事だけして背中を向ける。

「おまえ、怒ってへんのか?」
「怒ってる、て言うより、正直混乱してる」
「どういうこっちゃ?」
琢己が訊くのも無理はない。大樹自身にも、自分の本心が分からない。

「そら、からかうようにキスされたり、いいようにイカされたりして、悔しい気持ちはある。けど、嫌やなかったんや」
自分の肩ごしに、琢己の顔を見る。
「なんで、悔しくても嫌やないのか、自分もでわからへん」

「ふうん。ほな、それがわかるまで、俺と”オトナのおつき合い”、してみるか?」
廊下の壁に背をもたれたまま、冗談めかした口調で琢己は言う。
「なんてな。お子ちゃまには、まだ早かったな」

「琢己さん」
振り返り、大樹は壁際に立つ琢己のすぐ目の前まで来る。
「言い出しっぺは、あんたやさかいな。”オトナのおつき合い”、しようやないか」
言って、勢いよく唇を重ねる。盛大に歯と歯がぶつかって、大きな音が廊下に響いた。




  2012.12.05(水)


月とハリネズミ へ    
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