恋が成就しないつらさは、野上の時に経験した。ゆっくりと時間をかけて温めてきた想いだったが、野上に告げて破れるまでは、あっという間だった。想いは届かなかったものの、野上は大樹の恋心を真剣に受けとめて、認めてくれた。
恋が成就しなかったのはつらいが、野上の優しさには感謝している。

琢己への想いは、”オトナのおつき合い”を始める前だったか、始めてからだったか、あいまいで大樹自身もよく分からない。だが、急激に惹かれて、気がついた時には好きになっていた。
肌を合わせて熱い快感を共有するのも魅力だが、それより琢己と一緒にいて、くだらない話で盛り上がったり、テレビを見てなごんだり、目が合えば笑いあったり、そんな当たり前の生活が幸せに思えてきた。

優しい目や自分を呼ぶ声、柔らかく触れる手に、琢己もまた自分と同じ気持ちでいるのかもしれないと、ほのかに期待もしていた。
だが、琢己はこの部屋から出て行くと言う。大樹の想いも、強固に拒む。自分が言い出して始めた”オトナのおつき合い”も、一方的に断とうとしている。
自分勝手で、ワガママで、意地悪で、人の気持ちを振りまわして、弄んで、飽きたらポイ。

憎らしいヤツ。…でも、やっぱり、好きだ。



まんじりともせずに夜が明ける。琢己と言いあいになった後、自分のベッドに戻ったが、いろんな事を次から次に考えて、結局一睡もしていない。
睡眠不足の重だるい頭で、大樹は考える。今はまだ、琢己も自分の話を聞く気にはなれないかもしれない。だから少し時間をおいて、落ち着いた頃にあらためて話を聞いてもらおう、と。
琢己と顔を合わさずに、大樹は大学へ行く。

夕方は少し早めに大学を出る。遠回りして、琢己のお気に入りのプリンも買う
玄関には、琢己の靴が脱ぎ散らかしてある。
「ただいま」
自分の部屋に荷物を置いて手を洗った後、プリンを持ってリビングに入る。だが、声をかけても琢己からの返事はない。おまけに、琢己が自分の荷物やパソコンを運び込んで巣にしていた和室も、すっかり片づいている。

「琢己さん!」
靴はあったので、部屋にはまだ居るはずだ。それとも、本当に出て行ってしまったのだろうか。
怖くなって、大樹は琢己の名前を呼ぶ。
「なんや。大きな声出して」
と、ベランダから顔を出す。
「琢己さん。そこにおったんか」
琢己の顔を見て、安堵のため息がもれる。自分もベランダに出て、琢己の隣に立つ。

「なに、見ててん?」
「ん? ここな、学校とか公園とか、見えるやろ」
目を細めて、遠くを眺める。
「俺、ここからの眺め、けっこう気に入っててん」
手すりに手を置いて、つぶやく。
「これで見納めか思うと、少し残念や」
「ホンマに、出て行くんか?」
なるべく落ち着いて話をしようと、あれだけ考えていたのに、すでに声は震えている。

「ああ、荷物も運んでしもたし」
大きく伸びをして、リビングに戻る。大樹もあとについて戻る。
「ほな。世話になったな、大樹」
軽く手を上げて、背中を向ける。この部屋に来た時と同じ、簡単な格好で出て行こうとしている。

「琢己さん」
たまらず、後ろから抱きしめる。絶対に行かせまいと、力いっぱい抱きしめる。
「大樹」
呼んで、あやすように腕を柔らかく叩く。だが、腕を緩めない。
「大樹。顔、見して」
言われて、ようやく腕をほどく。

琢己は大樹に向き直る。
「おまえの戻ってくる前に、出て行こと思てたのに。なんで今日に限って早いんや」
語りかける声も、見つめる瞳も優しい。なのに、自分を置いて出て行こうとしている。それが哀しくて悔しくて、大樹の目には涙がうかぶ。
「ああ、もう」
後から後から流れ落ちる涙を、琢己は親指の腹でぬぐう。

大樹はほほに置かれた琢己の手に、自分の手を重ねる。手のひらに口づけ、指先に口づける。
「俺は、あんたが好きや」
「俺もおまえも、男やないか。歳も違うし。おまけに俺は彬の恋人やったんやで。せやから、」
「そんな理由で、俺の想いを拒むんか? そんな簡単な理由で、俺があんたを諦めると、本気で思てんのか?」
口づけた指先に、歯をたてる。

「大樹」
「教えたる。俺が、どんだけあんたが好きか。あんたの、体に」
低くうなって、食いつくように口づける。唇をかんで、舌を抜けるほど吸って。
「んっ!」
和室に引っ張って、畳に押し倒す。Tシャツを半端に抜いて、頭の上で両手首をくくる。シーンズのボタンもファスナーも壊す勢いで解いて、下着と一緒におろす。
眼下にある琢己の白い体は、心もち上気してうす桃色に染まっている。大樹は横を向き唇をかんでいる琢己のアゴをつかんで、上を向かせる。

「琢己さん」
それまでの蛮行がウソのように、しっとり、口づける。琢己は舌先で唇をなぞられるのが好きだ。丁寧に、ゆっくり、なぞる。
「う」
琢己が熱いため息をつく。首すじに舌を這わせて下へ下へ。細い鎖骨を吸って、まばらに毛の生えた脇をくすぐって、まだ小さい柔突起をなぞる。何度もなぞるうちに、柔らかかったソコは、固い芯を持つ。

右も左も芯を持たせるうちに、琢己自身が変化してくる。大樹はそっと、ソコに触れる。
「んっ。そない、優しく、すな」
「ああ。あんた、ヒドくされる方が、好きやったな」
「ああっ」
きつく、握る。とたんに手の中の琢己は、さらに大きく変化する。

「どう? 手で、イク? 口がええ?」
「手。手で」
濡れた声で言われて、大樹は体をずらして琢己の肩を抱く。左手で肩を抱いて、脚に脚を絡めて、右手で琢己を扱く。最初はゆっくり。しだいに、上下に激しく、扱く。
「あ、ああっ。んっ」
甘い声をもらす口に、口づける。大樹の舌を吸いながら、ますます琢己は怒張していく。

口づけをずらして、耳朶をなぶりながら指を吸わせる。充分に指が濡れたら、直接、琢己自身に口づける。
「くっ、アカン」
敏感になっている部分への刺激に、琢己は弱く抵抗するが、ヒザを押さえて許さない。そのまま、大きく口を開けて含む。

最初は、同性の排泄器官を口にするこの行為に、多少の抵抗を覚えた。が、今では琢己の快感が直に伝わる感覚が好きだ。いつもは自分を子ども扱いしている琢己が、自分の与える快感に体を震わせている、そう感じるとたまらなく嬉しい。
口中で琢己を愛撫しながら、濡らされた指を奥のすぼまりに。ふちをなぞって、呼吸を合わせて押しこむ。

「あっ!」
口の中の琢己が、さらに強く大きく変化する。もう限界が近い。
「なあ。口で、イク? それとも、ウシロ、欲し?」
指2本を出し入れしながら訊くが、琢己は唇をかんで答えない。
「なあ。どっち?」
奥まで押しこんで、指先を曲げる。

「そ、そこ。もっと、して」
甘い懇願に頷いて、いったん琢己から離れる。うつ伏せにしてヒザをたたせれば、白く柔らかい尻を突き出した格好になる。大樹は自分の唇をなめると、着ている物を手早く脱いで、痛いほど怒張している自分自身にコンドームを着ける。
「ほら。あんたの、欲しかった、モンや」
「ああっ」

ゆっくりと、侵入していく。浅く抽送するうちに、だんだんとなじんでくる。
「も、アカン。スゴい」
「ウソつけ。もっと、奥まで、やろ」
一気に全部。
「あ! い、イクッ!」

内側からの刺激で、琢己は達したようだ。何度もえずいて、大樹の指を濡らす。
「あ、ああ」
激しく酸素をむさぼる琢己に合わせて、しばらく大樹は動きをとめていたが、
「もっとやろ。このままじゃ、足りひん、やろ」
耳朶をかんで、肩をかむ。

「も、アカン」
「ここでやめたら、怒るくせに」
腰に手をあてて、激しく抽送する。
「この、ドS!」
「うん」
もうだめだと、きれぎれに甘い声を上げながら、琢己の体は細かく震えている。激しくすればするほど、琢己の快感が大きくなっていくのを、大樹は知っている。だから、ワザと焦らして、ひどくする。
いとしい、離したくない、抱きしめていたい、好き、好き、もうどうしようも、ない。

「も、イキそ。あんた、スゴい」
「い、も、アカン。そんなん、アカン、て」
「も、イって、ええ?」
「う、一緒に。一緒に!」
「琢己さ…琢己!」
「あっ!」
その瞬間、呼吸も動きもとめて、大樹は琢己の奥深くに快感の証しを射出していた。



気がつけばすっかり日は落ちて、部屋の中は薄暗闇になっている。
荒い呼吸が整う頃、大樹はゆっくり動いて琢己の手首の戒めを解く。横になった琢己の体に腕を回して、後ろから抱きしめる。
「琢己さん」
かすれた声で呼べば、自分の胸にある大樹の手に、手を重ねる。

「気が、すんだか?」
「え」
熱情を交わした後の、かすれた声だ。まだ、汗もひいていない。なのに、琢己の声は冷たい響きを持っている。

「体、拭いたら、行くさかい」
「どうしても、出て行くんか?」
頷く。
「なんで? 俺は、あんたと一緒に居たい。あんたがおらん生活なんて、もう考えられへん」
「…居心地が良すぎるんや。おまえの、腕の中は」

「それは、」
どういう意味か。訊きかえそうとした大樹の耳に、物が落ちた大きな音が響く。
頭を上げて、音のした後ろを確かめる。

そこには、青い顔をした彬が立っていた。




  2012.12.08(土)


月とハリネズミ へ    
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