断れないまま林とあや菊の文の仲介役になったが、林は3日と開けずに秋月屋に来る。
秋月屋の前まで来ては、琰を介してあや菊と文をやりとりする。少しも艶っぽい内容ではなく、
林からは新月の山や川の情景を知らせたり、 あや菊からは幼いころの思い出を語ったり、
たわいのないものだ。

それでも、林もあや菊も、お互いの文を心待ちにしている事がわかる。そして、離れがたい
気持ちを抱いているのも。

微笑ましいが、もどかしいやりとりを見るにつけ、琰は丈吉に逢いたくなる。
思えば丈吉の小屋を飛び出して丸10日。一緒に暮らし始めて2年が経つが、こんなに離れて
いたのは初めてだ。

丈さんに逢いたい…。
想いはつのるが、自分から帰るのもシャクに触る。ちゃんと食べているのか、深酒はしていないか。
心配ではあるが、意地になって帰れないでいる。

「よっ、と」
今夜は酒宴がいくつかあって、その片付けに琰もかりだされる。背も高く力も強い琰は、何かと
重宝される。
今も酒宴で使った膳を、いくつも重ねて運ばされている。

「おや、今夜は用心棒は店じまいなん?」
前の客を送り出したあや菊が、廊下ですれちがいざま声をかけてくる。
「まだ宵五ツ(=午後8時)や。これから忙しいねん」
「せやな。仰山稼がな」
あや菊は、ちょっと肩をすくめて、張見世に入ろうとする。

「あ、お越しやす」
ちょうど、そこに客が入ってきたようだ。
「初めてでっか? どの子にします?」
お仙が応対しているようだ。琰は膳をかかえなおすと、奥へ行こうとする。

「琰」
だが、声をかけられ、足が止まる。
振り向けば、土間に丈吉が立っている。
「丈さん…」
自然と口元が緩むのを、必死で我慢する。丈吉も突っ立ったまま、何も言わない。

「お琰さん。このお客さん…」
「上がってもろたら」
不思議そうな顔をしているお仙に、あや菊が気をきかせてそう言ってくれる。
「2階の空いてる部屋に案内したげて」
そして、自分の禿に言いつける。

丈吉は草履を脱いで、禿の後を付いて大階段を登って行く。
「お琰さん、それ運んで、早よ行ったらええわ」
「おおきに」
琰はあや菊にだけ聞こえるような小さな声で礼を言うと、大急ぎで膳を運んでしまう。

「お琰さん、こっちです」
「ああ」
案内した禿の頭をひとつ撫でて、琰はサラリと襖を開ける。
「丈さん」
呼べば、顔をあげる。だが、次に何と言っていいかわからない。丈吉も何も言わず、ただ琰の
顔を見つめている。

「座って」
とにかく座る。だが、顔が見れない。
「おまえ」
「え?」
「さっき、なにしてたんや?」
「酒宴の片付け、手伝うてた」
「そんなコトもするんか?」
「うん」
丈吉の声は、いつもどおり穏やかで優しい。

「琰、顔見せて」
言われて、ようやく丈吉の顔を見る。優しい目で自分を見ている。
「おまえがここでちゃんと働いてるかどうか、心配で様子を見に来たんや」
「うん」
「けど、大丈夫みたいやな。安心した」
ホッとした表情をする。

「それと、こないだ、怒鳴って悪かった。かんにん」
「そんな、ええねん」
琰は丈吉の手に自分の手を重ねる。
「もう、ええねん。丈さんが怒ってへんかったら、それでええねん」
「怒ってるわけ、ない」

丈吉は琰の手をとって、ぐいと引きよせる。琰は丈吉の胸に倒れこみ、強く抱きしめられる。
「もっと、よう顔見せて。…逢いたかった」
「俺も」
丈吉の大きな手で、ほほを何度も撫でられる。いつもそうだ。丈吉の温かみに包まれると、心が
熱いものでいっぱいになる。いっぱいになって、溢れてくる。

「丈さん」
その熱い想いを伝えようと、熱く丈吉を呼ぶ。
丈吉は穏やかに微笑むと、琰の額に口付け、ほほに口付け、唇に口付ける。何度も重ねて、
弱く強く吸って。
「あぁ」
熱い吐息が出る。

肩を抱かれ、畳にゆっくり横たえられる。丈吉の唇が耳を吸い、首筋をなぞって下へ。
手は器用に帯を解いて、衿を大きく開く。ほの暗い行灯の明かりのもと、白くすべらかな琰の
胸がある。
うす桃色の突起を、丈吉の舌に嬲られて、
「…っ」
声が出そうになるのを、なんとかこらえる。

「丈さん、明かり、消して…」
「いやや。おまえの顔が見えへん」
「お願いや」
2度請えば、優しく口付けて、行灯の火をおとしてくれる。

うす暗闇のなか、シュルシュルと帯の解かれる音がして、裸の丈吉の胸が重なってくる。
「ああ」
丈吉の重みと、裸の胸の温かみに、琰は深いため息をつく。
人の身体の温かみで、こんなにも満ち足りた気持ちになることを、以前の琰は知らなかった。
丈吉の笑顔や、真剣な顔、そして切ない顔。丈吉を身近に感じることで、こんなにも優しい気持ちに
なれることも、知らなかった。
全部、全部丈吉が教えてくれた。

「丈さん」
だから、自分は全部、身体も髪も、爪の先まで、命までもが全部、丈吉のものだと、琰は思う。

丈吉の唇は、琰の白い身体を上から下へと慰撫していく。そして、中心に息づく琰を舌先でつついて、
口をあけて含む。
「あっ」
何度されても、この瞬間にはこらえきれない声が出る。
丈吉はかまわず、琰の脚を大きく左右に広げると、さらに深く、強く。
「あ、い…いや」
身をよじって逃げようとするが、丈吉は許さない。腕で押さえて固定すると、頭を大きく上下し始める。

「あっ、そ、そんなん、されたら、も」
丈吉の口中に、最大に怒張しきった琰がある。
「あ、あ、あっ、ああっ…っ!」
その瞬間、プツッと音をたてて、丈吉の口中深く、琰は快楽の精を打ち出す。何度も何度も、大量に
打ち出されたそれを、丈吉はひとしずくも残さず受けとめて、飲み下す。

「ハァハァ…」
声も出ない。指も動かせない。放出の後の心地よい疲労が厚く身体にとりまいて、呼吸をするのが
やっとだ。

琰の呼吸が整うのを、丈吉は肩を抱いて、髪を撫でながら待っている。
「丈さん、俺…」
ようやく息が整って、闇に慣れた目に、丈吉の優しい眼差しがうつる。
「俺」
「なんも言わんで、ええ」
髪を撫でる。
「ただ、側におってくれるだけで、ええんや」
「うん」
小さく頷いた琰に微笑むと、丈吉は汗の浮いた額に口付けた。



そのまま、丈吉は眠ってしまったようだ。琰は身を起こし、丈吉の頭の下に自分の膝を差しいれ、
膝枕してやる。
行灯は消したが、今夜は満月。障子を通して、月明かりが部屋の中を照らしている。

琰は安らかな寝息をたてて眠る丈吉の髪を撫で、ほほを撫でる。
と、廊下に人の気配がしたかと思うと、
「お琰さん」
サラリと襖が開いて、あや菊が顔を出す。

琰はひとさし指を唇にあてて、丈吉が寝ていることを教える。
「その人、寝てしもたん?」
「ああ」
入ってきたあや菊は、丈吉を起こさないよう小さな声で話してくれる。
「俺の顔見て、安心したんやろ」
「ふぅん」

丈吉は上衣を布団がわりに掛けているだけ。琰にいたっては上衣を肩に掛けているだけの格好だ。
あや菊でなくても、琰と丈吉の関係は容易にわかる。
「あんたの惚れてる相手て、その人なんやな」
「ああ」
「罪のない顔して、寝てはるわ」
「せやな」
頷いて、丈吉の髪を撫でる。

そんな琰の様子をじっと見て、
「あんた、そんな目も出来るんやな」
感心したように、あや菊は言う。
「俺が? どんな目してる?」
「いつものあんたは、ほとんど色のない目ぇしてる。けど、今は暖かい色の目や」
「ホンマか? けど、そうかもな」
自分で自分の目を見ることは出来ないが、あや菊の言う通りだろう。

「姐さんかて、林さまの文見てるときは、目の色が違うで」
「ウソや」
「ホンマ。…惚れてんのやろ?」
琰の言葉に、あや菊は複雑な表情を見せる。

「林さまは、うちのような女郎風情が惚れてええお方と違う。惚れてるわけと、違うんや」
ここで、くすんと笑って、
「だいたい、うちは秋月屋のあや菊やで。あんな貧乏侍、こっちから願いさげやわ」
立ち上がる。
「惚れてんのやろ、やなんて、生意気やで、子供のくせに」
指で琰の鼻をはじいて、襖をあける。

「俺、子供とちゃうで」
「まだまだ子供や。子供は早よ家に帰ったらええ」
「そうするわ」
答えた琰に、肩越しにニッコリ笑うと、あや菊は部屋を出ていった。




  2011.11.26(土)


    
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